表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

EP 10

「さよなら、ママ」 ~その言葉、契約破棄につき~

『聖・植樹祭』当日。

世界樹の森は、かつてない熱気に包まれていた。

広場には数万人のエルフが集まり、彼らの視線は一点――祭壇の中央に鎮座する、豪奢な「若木の籠」に注がれている。

その中には、儀式用の純白の産着に包まれた俺、ミルマ・クラウディア(生後1ヶ月)がいた。

(……趣味が悪すぎる)

俺は心の中で毒づいた。

籠の周りは、色とりどりの花と、高価な魔石でデコレーションされている。

まるで生贄の祭壇だ。いや、実際これから俺は、世界樹の地下水脈に「接続」され、一生この森から出られない「生きた神像」にされるのだから、生贄と変わらない。

「さあ、皆さん! 歓喜なさい! 今日、ミルマ様は真に世界樹様の一部となるのです!」

女王ルナが、感極まった声で宣言する。

地鳴りのような歓声。

誰も疑っていない。これが「善意」であり「愛」であることを。

俺の横には、ルークとマリアがいる。

二人の顔は蒼白で、笑顔が引きつっている。彼らは知っているのだ。この儀式の意味を。

そして、俺の後ろには――漆黒のマント(儀礼用)を羽織ったポーンが控えている。

その単眼は静かに点滅し、俺からの「GOサイン」を待っている。

(準備はいいか、父さん、母さん。……そして、ポンコツ執事)

俺はチラリと、広場の隅を見た。

そこには、警備隊を指揮するカイゼル将軍の姿がある。

彼は俺と目が合うと、ほんの数ミリだけ顎を引いた。

『ルート確保完了。東ゲートの警備は、もっともやる気のない部隊に交代させてある』という合図だ。

さらに、群衆の後方。

宰相デデリゼが、ハンカチで汗を拭うふりをして、タブレットを操作した。

『ゴルド商会の輸送馬車、国境付近にて待機中』という信号だ。

(役者は揃った。……監査終了だ。これより、このブラック企業(国家)を退職する!)

「では、儀式を始めます!」

ルナが手を掲げると、祭壇の床が割れ、世界樹の本体から伸びた「黄金の根」が姿を現した。

それは蛇のように鎌首をもたげ、俺の足首を狙う。

あれに触れられたら終わりだ。魔力パスが繋がり、俺は物理的にこの土地に縛り付けられる。

根が、俺の素足に触れようとした、その瞬間。

俺はポーンに向かって、小さな指をパチンと鳴らした(つもりだが、実際はふにふにとした音しか出ない)。

だが、それで十分だ。

『――コマンド:契約履行エスケープ

ズドォォォォォォォン!!

爆音が轟いた。

ポーンの右腕、パイルバンカーが火を噴き、祭壇の床を粉砕したのだ。

黄金の根が千切れ飛び、石畳が舞い上がる。

「きゃあああっ!?」

「な、何事だ!?」

どよめきと悲鳴。

砂煙の中から、ポーンが飛び出す。

その左腕には俺を、右腕にはルークとマリアを抱えている。

「ポ、ポーン!? 乱心したか!?」

ルナが絶叫する。

ポーンは無機質な声で、広場全体に響き渡るように告げた。

『否定。これは乱心ではない。マスター(ミルマ)の「環境最適化行動」である』

『現在の環境(エルフ国)は、マスターの育成において「過干渉」および「自由の侵害」により、不適切と判断。よって、推奨エリア(国外)への転居を実行する』

「な……何を言っているの!? ここ以上の楽園なんてないわ! 戻りなさい!」

ルナが杖を振るう。

世界樹が呼応し、広場の木々が一斉に襲いかかってくる。

数万本の枝が、俺たちを捕らえようと壁となって立ちはだかる。

「くっ……! さすがに多勢に無勢か!?」

ルークが剣を抜こうとするが、ポーンに抱えられていて動けない。

逃げ場はない。

360度、緑の牢獄。

世界樹(ヤンデレ母)の本気だ。「行かせない」という執念が、物理的な質量となって押し寄せる。

だが、俺は焦っていなかった。

俺はポーンの腕の中から、迫りくる樹木の壁を見据えた。

(甘いな、ママ。……植物なら、俺の管轄シマだ)

俺はスキル**『植物愛』**を全開にした。

「愛される」だけじゃない。愛が重すぎるなら、こちらからも「愛(命令)」を返してやる。

俺は小さな手を、樹木の壁にかざした。

そして、心の中で強く念じた。

(道を開けろ。……俺のことが好きなら、俺の進む道を邪魔するな)

ザワッ……。

襲いかかろうとしていた枝が、空中でピタリと止まった。

殺気が消える。

代わりに、植物たちから伝わってきたのは『困惑』と……『切なさ』だった。

「行っちゃうの?」「行かないで」「でも、あの子が通りたがってる」「邪魔したら嫌われる?」

植物たちの会議は、0.1秒で決着した。

結論:推し(ミルマ)の願いは絶対。

ズズズズズ……!

驚くべきことに、行く手を阻んでいた樹木の壁が、左右に割れたのだ。

それだけではない。

割れた木々が絡み合い、地面を覆い、平坦で走りやすい「花道」を作り出した。

東のゲートへと続く、一直線のレッドカーペットだ。

「なっ……!? 世界樹様が、道を譲った……!?」

ルナが腰を抜かす。

エルフたちも、信じられないものを見る目で道を開ける。

『ルート確保。全速前進』

ポーンの背中からブースター(風魔法噴射口)が展開される。

【ナイト形態:疾風騎馬種】への部分変形。

下半身が馬のように変形し、爆発的な加速で花道を駆け抜ける。

「待て! 逃がすな! 追えぇぇぇ!!」

近衛兵たちが我に返り、追撃を開始する。

だが、その前に一人の男が立ちふさがった。

カイゼル将軍だ。

「おっと。……すまないが、ここから先は『事故』で通行止めだ」

カイゼルは「うっかり」という体で、広場の巨大なオブジェ(ルナの銅像)を切り倒した。

ズゴォォォン!!

銅像が倒れ、追撃部隊の道を完全に塞ぐ。

「将軍! 何を!」

「いやあ、手元が狂ってしまってな。老化かな?」

カイゼルは白々しく言い放ち、遠ざかる俺たちの背中に向かって、無言の敬礼を送った。

(あばよ、苦労人。達者でな)

ポーンは風となり、東ゲートを突破した。

デデリゼが手配した検問所は、なぜか「昼休憩中」で無人だった。

彼女の完璧な根回しだ。

そして、国境の森の切れ目。

そこには、ゴルド商会の紋章が入った頑丈な馬車が待っていた。

『到着。目標地点到達』

ポーンが着地し、俺たちを下ろす。

馬車の御者が、目を丸くして駆け寄ってきた。

「こ、これはデデリゼ様の紹介の方々!? まさか、そんな怪物ポーン連れとは聞いてませんが!?」

「話は後だ! とにかく出してくれ! 追手が来る!」

ルークが叫び、全員で馬車に乗り込む。

馬車が走り出す。

窓の外、遠ざかっていく世界樹の森。

だが、まだ終わっていなかった。

森の奥から、悲鳴のような、咆哮のような「風の音」が聞こえてきた。

『イヤァァァァァッ!! イカナイデェェェェッ!!』

世界樹ママの絶叫だ。

空が暗転し、森全体が蠢き、国境を越えて根が伸びてこようとする。

愛が重すぎて、物理的に国境線を侵犯しようとしているのだ。

(しつこいな……。最後通告が必要か)

俺は馬車の窓を開け、身を乗り出した。

マリアが「危ないわ!」と止めるが、俺は構わずに世界樹を見据えた。

そして、俺は初めて、明確な言葉を紡いだ。

赤ちゃんの未発達な喉を、魔力で無理やり震わせて。

「――ばいばい、ママ」

その言葉は、拒絶ではない。

「親離れ」の宣言だった。

ピタリ。

暴れ狂っていた世界樹の根が止まった。

「ママ」と呼ばれたことへの衝撃と、別れの言葉の重み。

ヤンデレ母は、その言葉を噛み締め、そして……泣き崩れるように、枝を垂れた。

森は沈黙した。

もはや、追ってくる気配はない。

俺は窓を閉め、シートに深々と体を預けた。

「……終わった……のか?」

ルークが呆然と呟く。

「ええ……。脱出できたのね……」

マリアが俺を抱きしめる。

俺はポーンを見た。

ポーンは馬車の隅で、小さく体育座りをしている(巨体なので狭そうだ)。

国を裏切り、主(世界樹)を裏切った反逆の兵器。

だが、その単眼は、今までで一番穏やかな緑色に輝いていた。

『マスター。次の目的地は?』

俺はニヤリと笑った。

懐から、デデリゼが餞別として持たせてくれた「地図」を取り出す。

そこには、東の大国――近代化された軍事国家の名前が記されていた。

(行くぞ、ポーン。父さん、母さん)

(次の舞台は、あの「ラーメンと銃の国」だ)

俺たちはエルフの森を背に、新たな混沌カオスへと旅立った。

第一部『エルフ国編』・完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ