2-5 崩壊
小学五年生のこと。
兄は中学に上がっており、そのままバスケ部に入った。私は一人、ミニバスケットボールクラブに通い続けている。成績は可もなく不可もなく……というかお遊びレベルの実力しかないチームの中で、さらにパッとしないプレイヤーだった。試合には出してもらえるものの単に控えの選手よりマシ程度のものだろう。常に上の空状態だった私のメンタルから、まともなプレイはできていなかったはずだ。
その日はクラブへ行く予定があったが、時間に空きがあるので一度帰宅する途中だった。
視線の先、家が見えてきたあたりで異変に気付く。正面玄関の駐車場が賑やかだ。
来客の車は白と黒のカラーリングで、上部に赤いサイレンを装備していた。パトカーだ。
なんだか仰々しい雰囲気の門前を通り、正面玄関のスロープを歩く。パトカーが二台。その横に居心地悪そうに親父の軽トラが隅に押しやられている。
私は普段通りの「ただいま」を言おうとして、廊下に立つ警官に出鼻を挫かれた。一人の女性警官が出迎えていた。
「お帰りなさい。ボクが莞爾君?」
お帰りを言われる筋合いはないのだが、優しい物腰を前にして子供の私は懐柔されてしまう。例によって散らかり放題のリビングに集められると、母と下の弟達がいた。
「少し聞きたいことがあるの。お話いいかな?」
怒られるのだろうか。私はここ最近で何か悪いことをしたか内省する。警察が出てくるほど大袈裟なことはしていないはずだ。
「井神一馬。あなたのお父さんのことなんだけど、近くのホームセンターでお金を盗んでしまったの」
え? ――と思った。
全然分からない。
あいつはお金持ってるのに、なんで盗みなんかやる必要があるんだろう。
「莞爾君は最近、お父さんがお金をたくさん持っていたとか、そういうのを見たかな」
私は気が動転して変なことを口走った気がする。『軽トラの後ろにお金を隠してる』とか、『金庫にお金を溜め込んでる』とか、事実無根の出まかせがすらすらと口から出てきた。 何故そんなことを言ったのか分からない。多分私は親父が嫌いだったのだろう。それほど私の状況は不満だらけで、裕福とは程遠い状態だった。
飼殺しの世話係。
主人を密告したい衝動に駆られた。
親父はそのまま、刑務所に送られた。
❖
次の日、私が学校へ行くと、朝の会で担任が険しい顔をしていた。
担任教師は男性に代わっており、永井先生という。この男がまぁ恐ろしい癇癪持ちで、子供達は彼に怯えていた。『女王の教室』というドラマがあるが、それの男性バージョンと考えてほしい。冗談じゃない。
クラス替えで永井先生の受け持ちだと知ると泣き出す女の子もいたほどである。その男が朝から怒っている。
「おい井神」
げ。……私が呼ばれた。
クラスメイトの注目が集まる中、椅子から立ち上がる。
「はい」
「お前ミニバスやってたよなぁ」
「はい」
「昨日大変なことが起きてたよなぁ。お前の口から言ってみろ」
「……はい」
最悪だ。
この男本当に教育者か? と思った。
『親父がホームセンターに強盗して捕まりました』なんて、クラスのみんなに話さなきゃいけないのか?
せめて回りくどく伝えようと、私は順序立てて言葉を選びながら話し始める。
「昨日、は、その、家に帰ったら、パトカーが来てて」
「ん? パトカー?」と先生が眉を吊り上げる。
「パトカー、警察が来ました……」
ざわざわとクラスが動揺している。というか先生も動揺していた。
「警察? 救急車の間違いだろ」
「えっ、救急車は来てないです。今回は火事じゃないので」
「ちょっと待て井神、ミニバスの話だぞ?」
話がすれ違っているようだ。私はミニバスには行ってない。当然だ。事情聴取(?)されていたのだから。
なんの話かわからず戸惑う私を、永井先生は「もういい。座れ」と着席させた。
永井先生はミニバスで何が起きたのかを報告する。
「えー皆さん。昨日ですね、ミニバスの練習中にクラスメイトのアツキ君が怪我をしました」
みんなアツキ君の席をチラリと見る。欠席していた。
「練習試合をしていたら得点板にぶつかり、おでこを縫う怪我をしたそうです」
クラスメイトは話を聞いて『《《また》》アツキか』という反応だった。
アツキ君というのは、なんというか空気が読めない問題児なのだ。本人の自認は〈ガキ大将〉なのだが周りの認識は〈キチガイ〉という評価である。その評価の正当性を担保するエピソードもたくさんあるのだが、余談がすぎるので割愛する。とにかく間の悪いことに、私のトラブルと同じタイミングで怪我をし、そのせいで余計な恥をかかされたのだ。とばっちりが過ぎる。
「朝の会を終わります」先生が言う。「起立、気をつけ、礼。……井神、お前はこっち来い!」
会の終了後に呼び出された。私が変なことを言ったから怒ったのだろうか。それとも宿題を出さないことについて改めて叱るつもりだろうか(この時期はもう弟の世話で憔悴していて宿題どころか勉強も手についていない)。この先生はとにかく恐ろしいので私はビクビクしていた。
先生の後をついていくと、休み時間に利用できる〈ワンダールーム〉に着いた。ここは比較的インドアな生徒が休み時間に遊ぶスペースで、名探偵コナンなど漫画や、駒、ルービックキューブといった玩具がある。授業前なので誰もいない空間だった。
「井神、昨日何があった?」
永井先生の目は怒っていなかった。私は昨日家で何が起きたのかを話した。……「家に警察が来て親が逮捕された」なんて話を聞かされるのは驚くだろう。それも子供の口から聞かされればなおさらだ。 永井先生は教員というよりも、一人の大人として話を聞いていたと思う。恐ろしい先生という印象はそのときばかりは薄れて見えた。
朝の会で思わぬゴシップが漏れ、教室に戻るとクラスメイトにも事情を聞かれた。どうせ隠し切れるものではないし、正直抱えきれないので話した。昼休みを待たず私の家の事件はみんなの耳に届いた。
何人かの友人からは「大丈夫だよ」とか、「親と莞爾君は違うから、変わらず仲良くしよう」とか、意外と大人びた励ましを貰ったが、私は孤立した。
クラスメイトからあからさまに冷たく突き放されたという訳ではない。私がどんな顔で輪に入ればいいのか分からなくなったというのが大きい。
『犯罪者の子供』というレッテルが背中に貼られている気がして、僅か小学生の時点で、人生に疲れ果ててしまった。
なんかもう、死にたい。 そんな考えが浮かんでいた。
❖
さて、大変なのはここからで、親父が犯罪人となったために井神のお家騒動が繰り広げられた。
母は海外生まれの再婚相手。つまり豪農井神家からしてみると何処の馬の骨ともしらぬ余所者である。以前は親戚付き合いなどにも参加してそれなりに仲良くやっていたはずだが、親父との繋がりがなくなれば邪魔者扱いである。私達は負債も資産も全て剥ぎ取られ、家から追い出されることとなった。
そもそも親父は何故、強盗なんてしたのか。
これは子供の時に盗み聞いたが、株取引で大損したとかだったと思う。家庭環境も(自分で産ませたくせに)子供達で荒らされ、仕事でも失敗。実は以前から資産を大きく減らすようなデイトレーダーとしての《《しくじり》》が何度かあったようで、遡れば小屋のボヤ騒ぎも、家が全焼したのも、親父の自作自演ということだった。
火災保険で一時的に損失を埋め合わせ、その金を元種にして株取引を続けたそうなのだが、逆転は叶わず。二億あった貯蓄は漸減していった。
そこに中越地震が襲ってきた。金が、金が減っていく……親父はいよいよ自棄になった。
血迷ってホームセンターに強盗を働き、逮捕された。
残された私達が莫大な負債を肩代わりして払う……なんてパワーがあるわけもない。井神家は資産を売って支払いに当てるように動き出した。
なので新しく建てたばかりの家は売りに出され、私達は都落ち。ボロアパート〈やよい荘〉に三度転がり住むことが決定される。書類をろくに読めない母に選択権はない。
母は荷物を仕分けながら、この家を出る準備を始めていた。
流石に憔悴しているように見えたが、夜に働きに出ず、子供と過ごす時間を作った。……これは貴重な時間だった。
私達兄弟は五人に増えたのだ。
片親で育てるには無理がある。
つまり、下の弟達とは離れて生きていかなければ立ち行かなくなった。
この束の間の余暇は、弟たちとの別れを噛み締めるための時間だった。
幸いなことに弟達はフィリピンの実家が受け入れてくれたので捨て子にせずに済んだ。それでも遠い海の向こうに我が子を預けるのは苦渋の決断だっただろう。いっそ全員でフィリピンに行こうかと悩んだはずだ。そして母は、兄と私の三人で日本に残ることを選んだ。
もちろん、私と兄も途方もない喪失感があった。あれだけ大変な思いをして育てたのに、家も下の弟達も離れてしまう。
弟達をフィリピンへ送るため、母は空港行きの夜行バス(?)に乗ってしばらく帰らなかった。兄と私だけが、これから出ていく家に留守番をして過ごした。何にもやる気が起きず、壁の落書きや、アンパンマンのシールが貼られて汚れた柱を見ていた。家中に残された思い出も、これから捨てることになる。生きるのがしんどかった。
弟達をフィリピンの実家に預けて母は一人帰ってきた。気丈に振る舞っているが、すごく窶れて見えた。 私達は家を離れ、やよい荘に入り切らない分の家具は井神の本家倉庫預かりとなった。これはあくまで『一時預かり』という体裁だったが、戻ってこなかった。
母が私達を傷つけないために嘘をついたのか……売却して金にしたのだろうと思う。
井神家から追放され、以降親戚としての付き合いもぱったりとなくなった。この家での努力や苦労は、本当に何も残らなかったのだ。




