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雷に打たれて死ねば  作者: 莞爾
1章 親父編
2/16

1-1 幼少期

 前書きで触れた通り、『地震雷火事親父』にリーチがかかっている私の、特に親父に焦点を絞ったエピソードが中心となる。


「おいおいエッセイの最初が『親父』って面白くなさそうだな」


 ――とか思っているかもしれないが、まぁ読んでみてほしい。 ある程度時系列に沿って語る都合、どうしても親父から語らなければならないのだ。


※本作には、精神疾患、家庭内の問題に関する描写が含まれます。読まれる方の心身の状態に応じて、無理のない範囲でお読みください。

 私が物心ついたのは日本海沖である。


 何も波間に浮かんで《《どんぶらこ》》していたわけではない。フェリーの船内で物心ついたのだ。


 一番最初の記憶はおそらく三歳くらいのことだろう。とても断片的な風景の記憶――


 灯り一つで足りるような小さな室内。 母と兄と私の三人で過ごしていた。 窓外の景色は真っ暗で何も見えなかった。 部屋全体が揺れていたので、なんとなく車内だと感じている(実際は船だけど)。


 ――これだけ。 初めの記憶って他の人はもっとたくさんのことを覚えているものなのだろうか。聞いたことがないのでわからないが、私はこのようにひどくこじんまりしたものである。


[余談:この暗くて小さな室内というイメージは記憶喪失のアーミラ(自作『最後の異世界転生譚』の登場人物)が夢で見た景色のアイデアに繋がっていると思う。]


 そもそもなぜ私達はフェリーなんかに乗っていたのか。 この旅は決して楽しい旅行ではない。


 母から当時の事情を聞かせてもらったのは、それからしばらく経ってからのことだった。小学、あるいは中学生になってから聞かされたと思う。なのでしばらくは当時の私なりに考えた推測を添えながら、真相は追々語ることとする。 次の記憶――


 雪の降る夜。 駅の出入口で三人は寒空を見上げる。 宿もなく、じっと身を寄せ合う。


 ――時系列的には、フェリーから降りて新幹線あるいは電車を乗り継いで駅へ降りた場面だ。 フェリーから電車に乗り継いだから、私の記憶が混ざって寝台列車に乗ったのだと長く勘違いしていた。


 私は幼く、夜というのもあって北海道からの大移動をほとんど寝て過ごした。 駅前で母は立ち往生していて、大粒のボタ雪が降り積もるのを見つめていた。 私は凍えるような寒さに眠気が失せてしまって、この記憶ははっきりと思い出せる。 兄は不安げに母を見上げる。 母は兄弟二人をコートの内側に包んで「さむいね」と呟く。


 それから数日間の出来事は時系列が曖昧だった。 知らない男の所に転がり込んでいたり、知らない女の人が住んでいる部屋で過ごした気がする。おそらく母は、(はな)から移り住む家の都合もつけず、遠い土地、新潟まで移動したのだ。


 一言で言えば夜逃げである。


 転がり込む部屋はどこも見窄らしいものだった。 あるとき、寂れた畳敷きの部屋で胡座をかいた男が粘着式の鼠取りを自慢げに見せてきたことがあった。〈ねずみホイホイ〉の赤い屋根が描かれた紙製の家(捕獲罠)がぱんぱんに膨らんでいて、兎ほどの大きな鼠が捕まっていた。 子供の頃特有の誇張された記憶か、本当に巨大鼠だったかはもうわからない。


 住処を転々として、夜は決まって兄と二人。知らない部屋で過ごす日々が続いた。 眠るとき、いつも母の姿はなかった。夜職に働きに出ていたのだろう。



 おそらく四歳程度の頃。〈やよい荘〉というアパートの一室に住めることになった。


 幼い私に母が説明してくれることはなく「今日からここが私たちの家だから」程度の言葉で納得させられたと思う。 今の私が推察するに、この時期に誰かしらの伝手を借りて賃貸契約の都合をつけることができたようだ。誰の手を借りたのかもなんとなくわかっている。


 この〈やよい荘〉のことはよく覚えている。というのも私の人生で事あるごとに登場し、何度もお世話になるからだ。『地震雷火事親父』の大半がこのボロアパートと関わっている。


 簡単に物件情報を伝えよう。 まず、やよい荘は川沿いの立地で、少し寂れた土地に建っている。一応はファミリータイプのアパートで、一棟につき四戸。部屋数は三つ。間取りは似たり寄ったりだが棟ごとに差異がある。


 最初に引っ越してきた時の部屋がどのような間取りだったかまでは流石に覚えていないが、玄関を入るとまず横側に和式便所。最初の部屋は台所で、水場周りの設置された壁伝いに風呂がある。給湯器はよくわからない囲炉裏のようなストーブのような機械が取り付けられていて、かなり古い。 台所の奥へ抜けると同じくらいの広さの和室。さらに奥にそっくりコピペしたような部屋が繋がっている。


 電気とガスは特に語ることがないが、水道は特殊だった。なんでも未だに井戸水を使用しているから料金が発生しない(か、滅茶苦茶安かったらしい)。家賃が幾らなのかわからないが、土地の相場と比較してかなり安めに見積もると三万円台だろうか。 故にこの物件に入居を希望する者は金銭的な余裕が無い人ばかりで、もれなく私達もその仲間だった。


 住所が定まり、多少なり生活基盤が安定した頃。 珍しく昼間に三人で散歩した記憶がある。 母に手を引かれて、隣には兄もいた。 兄は一つの建物を指差して母に訊ねた。


「あれなに?」


 その建物は全体がペール系統の水色で塗装されていて、公園のような遊具が設置されていた。


「幼稚園だよ。これから莞爾(かんじ)(私のこと)もここに通うんだよ」


 なんとなく幼稚園に通った記憶はあるのだが、特筆すべきエピソードはない。強いて言えばこの頃の将来の夢は消防士だった。梯子車がカッコよくて好きだった。


 家でどのように過ごしたのかは何も思い出せない。漠然と、常に寂しさを感じていたと思う。母曰く『夜泣きもおねしょもしない、手のかからない子供』だったそうだ。


 ……と、書いていて思い出した。これまた時系列は定かでは無いが、粗相は一度だけしたことがある。


 実を言うと、私の母はそもそも日本人ではない。海外の方に実家があるのだが、幼い頃は何度か帰国していたはずだ。そこの食事(南の方なので特に塩辛い食べ物が多い)が口に合わずに腹を壊して粗相をしてしまったのだ。 なんとなく母に知られるのが嫌で、私が頼ったのは言語の通じない祖父だった。祖父は事情を察し、誰か人を呼ぶことなく隠密に私の身を綺麗にして着替えさせてくれた。頬擦りする時に髭がジョリジョリしていて苦手だったが、その事について祖父には恩を感じている。存命な内にもう一度会いたいものだ。



 幼稚園では最年少の〈ひよこ組〉を飛ばして転入していた。新顔としてそれなりにチヤホヤされた後、もっと遅く転入してきたワタル君にスポットライトが移って、私は目立たない立場になった。ちょっとだけ拗ねたのを覚えているが、特に引き摺らずマイペースに過ごしたと思う。


 私はクレヨンで車の絵を描くのが好きだったが、ワタル君がバイクの絵を描いた時は衝撃が走った。いろんなものを描いてみたいと思った私の〈オリジン〉かもしれない。 幼稚園では様々な子どもがいた(私も子どもだが)。中でも天然パーマのユウリ君を見た時、「バッハの子どもだ!」と思っていた。 マコト君の一人称が『ボク』ではなく『オレ』だったので、「カッコつけてる」と思った。マコト君は鼻くそを食べるのが気持ち悪いので嫌だった。


 幼少期を振り返ってみる。 おそらくこの時期、母の人生はドン底だった。相当苦しかっただろう。


 もう少し母について語ろうと思う。


「おい! 『親父編』なのに全然親父が出てこねぇじゃねぇか」と思っているそこのあなた、もう少し待ってほしい。


 母のについて語ることで、姿を見せない『親父』の輪郭が描けるはずだ。


 先に述べたように、母は日本国籍ではない。ぼかし続けるのも面倒なので明かしてしまうが、母はフィリピン人だ。 そのため賃貸契約を結ぶハードルは高かったはずだ。やよい荘が貧乏人の受け皿だったとしても、都合をつけるにはまず日本語の読み書きができなければ話にならない。日常会話が可能でも、書類を揃えるとなると難易度はぐんと上がる。 だから私たちは、見知らぬ人の家を転々として過ごしたのだろう。


 母は新潟のフィリピンパブで働き、そこで知り合った客あるいはキャストの家にお邪魔して生活し、冬を凌いだ。私が転々として出会った見知らぬ大人たちはお店の繋がりだと確信している。


 春頃になってやよい荘に住めることになった経緯も推察できた。 知り合った客の男の一人が、やよい荘の都合をつけられる人間だったのだ。契約書類諸々の手続きもその男が済ませてくれたのだろう。そして母は男と交際し、再婚した。 ……よし、このエッセイで語るべき『親父』がようやく現れたぞ。


 私の――いや、私達一家の人生はここからさらに波瀾万丈の展開を迎える。

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