4-2 突然の訃報
ソレユエさんからメールが来た。――いや、厳密にはソレユエさんの母から、メールが届いた。 あまりの内容に原文を忘れてしまったが、印象としては事務的な文章だった。 概ねこのような文面である。
〈件名:○○(ソレユエ)の母です〉〈突然のご連絡を差し上げる非礼をお許しください。 ○○の母、◇◇と申します。 大変お知らせしづらいことではございますが、 十二月○日、○○は交通事故に遭い、帰らぬ人となりました。〉
……は?
私は携帯を見つめたまま固まった。 見間違いか、悪戯か、何度も読み返して、少しずつ意味を理解していく。下の方に続いているメッセージを読み進める。
〈あまりにも急な出来事で、家族一同、いまだ現実を受け止めきれずにおります。 本来であれば直接ご連絡すべきところではございますが、 ○○の携帯電話に残されていた履歴をもとに生前やり取りをさせていただいていた方々へこのような形でお知らせすることとなりました。 突然のご報告となりましたこと、また簡単な文面でのご連絡となりましたことを、どうかご容赦ください〉
大体このような文面である。
これが私のところに届いたのは、ソレユエさんとのやり取りの履歴が残っていたからだろう。彼氏である私に対して特別な案内などは記載されていなかった。付き合っているということは家族には知られていなかったようだ。と私はまず変な冷静さで訳のわからない部分にショックを受けていた。混乱していたのだと思う。 次に襲ってきたのは吐き気だった。ほんのりと胃が冷たくなって、津波の前触れに波が引いていくのと似た、空腹感を感じた。吐き気だと理解して、そわそわとボロアパートの和式便所の前で正座して嘔吐の時を待ったが、何も出てこない。悪寒に襲われて、頭がずっとぼんやりする。
罪について考える。 川島と知り合ったことが、ソレユエさんの生死に影響を及ぼしたのではないかと半ば本気で考え、私の行動を監視している神の存在を妄想した。
あの時のことをこうしてエッセイとして書いていると、嫌な感覚を思い出す。
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私は突然の訃報に対し、返信しなかった。 葬式がいつ行われたのか、なんなら本当に死んでしまったのかもわかっていない。 正直、嘘だったらいいのにと思うあまり、だんだん本気で嘘なんだと思えるようになってきた。
ソレユエさんが未成年と性行為をしたこと、そして告白されたことを有耶無耶に解消するために、死を偽装して私の前から逃げたのではないかという仮説を組み立てたのだ。説は私の中で補強され続け、今でも時々そう考えてしまう。 真実は闇である。 私はソレユエさんの実家も、墓も、遺体も見ていないのだから。
入れ替わりのように私の前に現れた川島とは、以降十年近くの付き合いとなった。諸々は省くが、付き合ったり別れたり、また付き合ったりした。川島はかなり私に執着していたし、一方の私は強く拒絶するほどの理由がなかったのでズルズルと関係が続いたのである。
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話の流れからは脱線してしまうが、高校二年の時に母と二人でフィリピンへ行った。物心ついてから実家に行くのは初めてだった。弟達は元気にしているだろうか。
フィリピンでは祖父と祖母が存命だった。祝いの時のために飼っていた豚を、「まさにこの時のために」と屠殺して振る舞ってくれた。壮絶な断末魔を聴いてしまったので私は少しだけ豚肉が苦手になったが、ありがたくいただいた。
長兄のアルは「兄弟で酒が飲めるなんて」と感激し、私はビールを飲んだ。未成年飲酒だが……次会えるのがいつになるかわからないので酒を飲んだ。 ちなみに調べたところ、フィリピンでは十八歳から飲酒可能なようだ。高校二年だと十六歳なので、いずれにしろアウトか。
それでも兄は感激の涙を零していたので、付き合ってよかったと思う。
母は姉と祖母の三人で姦しく積もる話に花を咲かせていた。
弟妹は少し大きくなっていた。小学校に通っていて、母との再会にみんな《《甘えた》》になっていた。特に妹なんか私にまで甘えてきて、膝の上に座ったりして、理想の妹要素を詰め込んだ妖精みたいだった。
日本に帰る際、母はタトゥー職人を呼んで背中に家族の名前を刻んだ。「あんたも入れるか?」と言われ、私も腕にぐるりと刺青を入れた。変に意味を持たせるのはダサいだろうと考え、シンプルなものにした。
……高校二年時点で刺青を入れているなんて、日本じゃ考えられないな。
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そうそう。 突然の訃報は、実はもう一つある。 高校二年の頃、友人だった横山(仮名)君が亡くなった。
その時は、日曜の朝だった。別の友人から電話が来たのだ。
「もしもし」
〈おう。井神、おまえもう連絡来てるか?〉
「何が? ……お前が死んだって連絡なら今届いてるぞ。なんて――」
友人の声が暗く落ち込んでいるのが伝わった。私は間の悪い冗談を言ってしまった。 友人は躊躇うような沈黙で私の冗談を無視し、切り出す。
〈横山が死んだ〉
「――嘘だろ?」
本当に悪い冗談だ。彼の葬儀には出席した。 横山君の母親に許可をとり、棺に眠る彼の頬に触れた。 ひんやりと冷たかった。
色々と災難の多い人生だったが、知っている人間が亡くなるのはソレユエさんが初めてだった。そして葬儀に出席したのは横山君が初めてだ。私はまだ死んでいない。




