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雷に打たれて死ねば  作者: 莞爾
3章 思春期編
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3-4 初恋

 ある日、メールアドレスを交換した覚えのないクラスメイトの男子からメールが届いた。


〈フミヤだけど、このメアド莞爾であってる?〉


 合ってるよ。と私は返信する。


〈ちょっと聞きたいんだけどさ。莞爾は春と秋どっちが好き?〉


 変なことを聞いてくるな。と思った。強いて言えば秋が好きなので、秋と答えた。


〈ほんと? 春じゃなくて?〉


 うん。



 別日。両片想いのハルと取り止めのないメールを送り合っていた。メールのタイトルに連なる『Re:』が、いい加減邪魔になってきたので消すと、ハルは〈なんで消すの〉と言う。


〈今告白してくれたら付き合っちゃうかも〉


 この文章に、私はこれまでにないくらいドキドキした。

 でも、どうしたらいいのかわからなかった。


 私は遠からず死ぬつもりだ。醜い大人男になってしまう前に消えたい。だから付き合うのは良くない気がする。

 だって付き合うって、二人でずっと一緒ってことだから。私が死んだらハルは一人になってしまう。約束を破ることになる。


 ハルは小学時代の私の事情も知っている。だから、どこまでの覚悟でこのメールを送ってきたのか知りたい。私は「どういうこと?」と返信した。


〈やっぱりなんでもない〉


 ハルはそれきりメールを送って来なくなった。



 しばらくして、私が一人ぶらぶらと夜に散歩をしていると、駅前最寄りのセブンイレブンでハルと鉢合わせた。


「あ、……莞爾」


「おう」


 ハルは最近飼い始めた犬の散歩の途中だった。隣にはフミヤもいた。


「散歩か……」


「うん、一緒に散歩してた」


「そっか」


 私は言葉が出ないだろうと見越して足を止めなかった。

 コンビニに用があるかのようにハルとフミヤの横を通り過ぎ、店内へ逃げ込んだ。聞かなくても分かる。二人は付き合い始めたのだろう。


 買う物もなく(というかお金がない)、二人が遠くへ行くまで隠れ、帰路に戻る。色々な思いが頭の中で渦を巻いた。中学生って付き合っていいんだっけ? とか、告白はどっちがしたんだろう。とか、もうメールはしないほうがいいんだよな。とか。


 ……家に帰り、安い折り畳みベッドに横になって考えこむ。

 フミヤから送られてきたメール……『春か秋、どちらが好きか』。これはかなり遠回しに、『莞爾はハルが好きなのか?』という問いだったのかもしれない。そう考えると合点がいく。


 フミヤはハルに告白したのだ。そして、ハルはそれに応える前に私の心を知ろうとした。それが『今告白してくれたら付き合う』というメールだったのだろう。私はその返答をはぐらかし、ハルはフミヤと付き合うことにした。こういう流れのようだ。


 ハルはフミヤのものになった。そんな気がした。少なくともこれまで通りのメールもできないし、もう両片想いでもない。積み上げてきた関係はゼロに戻って、友達として近付くことすらいけない気がした。彼氏彼女がいる異性と仲良くしてはいけないと思った。よくわからないけど、きっと《《浮気》》ってやつだ。ダメなことだ。


 告白一つでフミヤにハルを奪われてしまった。……そう考えると、関係性を確かなものにするためには、告白は必要な儀式のように思えた。「この人は私のもの」と宣言するような、強い効力を持つ儀式。


 私はソレユエさんのことを考えた。大人になる前に死にたいけれど、ハルもソレユエさんも他の人のところに行ってしまうと、一人残された私の毎日がしんどい。他の人に取られてしまう前に、私は確保しなくてはいけないと思った。大人になる前に死ぬつもりだけど、わがままだけど、ソレユエさんを確保しておかないと……。



 メールで想いを伝えるのはダサい。そういう知識はどこから得たのか……YUIが歌っていたんだっけ。 私はソレユエさんと会う機会を取り付けた。なんてことはない。長岡の書店に出かけるだけの約束だ。


 午前から集合したいというソレユエさんの希望により、駅前の書店で待ち合わせた。大学生の休日の過ごし方も遊び方も、中三の私には未知の世界だ。

 『外食しよう』と言われ、私はドギマギした。お金がない。大事なことを伝えようという日に格好がつかない場合、どうしたらいいのかわからない。


 ちなみに私はほぼ無一文だ。バイトできる年齢ではないし、お小遣いをくれる家庭ではない(哀れに思った母の彼氏がたまにくれることはある)。お年玉をくれる井神家の親戚は存在せず、頼れる実家も海の向こう。 外食なんておいそれと行けないのである。


 私が「お昼食べるの?」と聞くと、「食べないで一日過ごすつもりだったの?」と笑われた。「何も考えてなかった」と応えるとますます笑われた。


 私は馬鹿みたいだった。いや、《《みたい》》じゃない。馬鹿だった。


「気にしないでよ。奢ったげる」


 ソレユエさんは書店すぐ近くにあるマクドナルドに連れて行ってくれた。好きなものを選んでいいと言われたものの、どれがどんな味なのかもわかってない。サイズの大きいビックマックかクォーターパウンダーにしたいと伝えた。


「男の子はそれ好きだよね」


 そうなの? と私は少しムッとした。私は確かに男だが、世間一般の(下品で最低な存在であるところの)男性と同じに見られるのはプライドが傷付いた。


「好きじゃないの? 食べたことない?」


「ビックマックはある。クォーターパウンダーは食べたことない」


 彼女には、私の過去の事情は伝えてある。お金がないことも知っているし、食べたことがないという返答に驚きはしなかった。


「じゃあクォーターパウンダーにしよう。ポテトとコーラもつけちゃおう」


 そんな会話があって、私はお昼をご馳走になった。美味しかったと思う。だが、告白をするということに私の頭はいっぱいで、ちゃんと味わえてはなかった。どう切り出すべきなのか悩んで、結局ハルとフミヤのことを打ち明けた。悩んだ時は取り繕えない性格だった。


 同級生の中でなんとなくいい関係の女子がいたこと。

 ソレユエさんが大学に進学して会えなかったとき、ハルとはメールのやり取りを続けていたこと。

 告白したら付き合えるというところまで関係が近付き、私は戸惑ったこと。

 有耶無耶にしてしまった結果、フミヤとハルが付き合ったこと。


 大体話し終えた後で、「なんで付き合わなかったの?」とソレユエさんが尋ねた。そこで二の足を踏まずに告白していれば付き合えたのに何故? と。 年上の女性というのは魔性だと感じた。特にソレユエさんと話しているとそう感じることが多い。追い詰められてしまう感覚があった。


「だって、」


 ――私はソレユエさんが好きだから。そう言わされてしまう。別の言葉を捻り出さないと。


「だって、俺大人になる前に……死にたいし」


 本音が漏れた。死にたいなんて簡単に言いたくなかった。ダサいと思われてしまう。でも、この流れで気持ちを打ち明けるのは気恥ずかしかった。ダサい男だ。


「大人になりたくない。男って、ろくな人いないし。俺の親父なんか犯罪者だし……同じ存在になるのが嫌だ。だから若いうちに死んじゃいたい。だから付き合うのは出来ない」


「真面目だねぇ」ソレユエさんはそんなふうに言ったと思う(細かいところまで思い出せてない)。「別に、死にたいって思いながら好きな人と付き合う人もいるよ」


「付き合ってる人が死んじゃったら可哀想だよ」


「その前に別れればいいでしょ」


 私ははっとした。

 付き合うとは、そのまま年老いるまで添い遂げることだと思っていた。結婚のようなものだと信じていたので、簡単に別れるなんて発想がなかった。無かったし、それが言えてしまうソレユエさんを冷たい人に思ってしまうほどには純情無垢だった。


 ソレユエさんは食後にラブホテルに連れて行ってくれた。初めてのことではないので私も抵抗はなかった。


 私の性に関する体験、知識はかなり歪だったのだと、大人になって思う。

 ネット環境のない家庭。下ネタを徹底して避けて過ごす思春期を送ったので、とにかく知識がない。しかしその一方でソレユエさんによって手解きを受け、体験だけが先行していた。まだ名称を知らない器官に触れて、黒板の落書きの意味にピンとこないままクラスで笑われるのだ。


 射精しながら告白した。気が昂って気持ちを抑えられなかった。

 ソレユエさんはまんざらでもない笑みを浮かべて私のボサボサな頭を撫でたけれど、「付き合いましょう」という返答はなかった。



 ……私の初恋という魔法をここで解こうと思う。

 ソレユエさんの正体を、大人になった私は言語化できる。彼女は〈ショタコン〉だ。何も知らない年下の男子が好きなのだ。


 当時の私はソレユエさんを大人びた女性だと認識していたし、長く呪いが解けずにいた。けれどもう何年も経過して冷静になれた。彼女はなんでも知っている魔性の女ではなかった。

 それに、大学進学したというだけで当時の私は高嶺の花のように思っていたが、長岡の看護学校へ進学しただけのことだ(医療系というのも私が彼女をインテリだと勘違いした要因だろう)。医者ならばともかく、看護学校は決して高い壁ではなかった。 彼女は特別な存在ではなかったわけだ。……が、この魔法が解けるまで本当に長い時間がかかった。ソレユエさんは私の中で神格化されていたからだ


 私は告白し、ソレユエさんの反応も満更ではなかった。

 経験の無い私は、だから告白は〈成った〉と思ったのだ。

 これで二人は付き合っていることになると考えていた。


 つくづく世間を知らない子供だった。世界を(人生を)理解した気になっている愚か者である。ソレユエさんが十九か二十程度の年齢であり、当時の私は十五歳。『付き合いましょう』とはならないのだ。ラブホテルに連れ込むことだって捕まるリスクもある。

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