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雷に打たれて死ねば  作者: 莞爾
3章 思春期編
12/16

3-3 中三

 先に記載しておくが、この年は東日本大震災の年だった。しかし私は地震に対する感覚が麻痺していたので、特筆すべきこともないため省略している。


 不思議なことに私は学級委員を務めていた。断らない性格だったから押し付けられたのだろうが、内申点目的で学級委員になったメンバーとも少し仲良くなった。私の、どんな状況でも慌てない肝の据わった性格が、彼らを影に支える力となるように働いた。


 登下校を共にしていた女子たちとはなんのきっかけもなく(つる)まなくなった。私は私で、彼女達の中にいる一人を妙に意識していたし、どうやら向こうもまんざらではないのがわかっていた。両片想い状態で、いわゆる好き避け行動から連まなくなったと思う。その女の子とはメールでのやりとりが多かった。彼女の名前は〈ハル〉という。小学のとき、登下校を共にしていた女の子だ。


 煩わしい先輩達も居なくなった。

 先輩達は卒業前、バスケ部引退の最後っ屁で次の部長と副部長を決める会を開き、私に嫌がらせをしてきた。ミニバスからの経験者である私をどちらのポストにも就かせず、中学からバスケを始めた初心者を次の部長と副部長に任命したのだ。実力面で言っても私の方が上手かった。腐っていても年季が違う。


 先輩は「どう? 悔しい?」と挑発するような目で聞いてきた。嫌がらせ行為だな、とは認識していた。だが私は部長をやれるほど生活に余裕はない。面倒な仕事をしなくて済むのはラッキーだと思ったので「別に」と応えた。気に食わなそうな顔で私を見つめた。


 先輩達は毎日些細なことに必死だったが、私は半分の力で人生を生きている。


 バスケ部顧問の石黒先生は、経験者の私を過小評価していることに異議を唱えた。初心者が部長と副部長を務めるのは、今後の部活動に影響すると危ぶんだのかもしれないし、側から見て後輩いじめを咎めたかったのかもしれない。が、私は「忙しいので部長も副部長も他の人がやってくれると助かります」と辞退した。家庭の事情を推しはかり、石黒先生も無理は言わなかった。


 この出来事をソレユエさんにメールすると、〈みみっちい先輩だな〉と返ってきた。先輩達の器が小さいという評価は正しいと思った。ズボン下ろしだったり、股間を触ろうとしてきたり、何かと品性のない先輩達だった。私には彼らが、溜め込んだ性欲が発酵している猿か何かに見えていた。ともかく、そんな先輩達ともおさらばだ。



 私はネットに疎かった。というより世間に関心がない。

 ……もう知ってると思っていたのだ。「この世界は闇。生きることは苦労の連続に違いない」と(ここだけ抜粋すると間違いなく厨二病だ)。


 希望の持てない人間は楽しいものを知る機会すらない。

 例えば深夜アニメなんて存在も知らなかった。携帯は『お金がないからネットは使うな!』と母から口酸っぱく言われていた。日本語が堪能でない母は〈パケホーダイ〉サービスを知らないため、割高な通信量の契約をしてしまっていたのだ。無知は罪。貧困は負の連鎖である。


 みんなが毒され、共通言語としている〈2ちゃんねる〉や〈面白フラッシュ倉庫〉といったサイトの存在も私は未履修だ。『前略プロフ』とか、『キリ番』とか、『ふいんき←なぜか変換できない』とか、私は会話について行けなかった。沈黙を保ち、常に穏やかに振る舞うことが私の性格となった。


 一時期、教室の黒板に〈栗〉の絵と〈リス〉の絵が描かれていた。

 別に上手なイラストではない。キャラクター性もない落書きだが妙に描き慣れた筆跡だった。

 移動教室から戻ってくる度、バンクシーのように描き残されているのがミステリー性を高めている。


 私は「これは何なの?」とクラスメイトに尋ねたことがある。


「えー知らないのー?」


 みんなの視線が笑っている。私だけが知らない……流行っているのか……。


「有名なキャラクターなの?」と私が言う。


「何が描かれてるかは分かる?」


「栗の絵でしょ。これはリスに見える」


 私の言葉にクラスメイトは色めき立った。「惜しいとこまで来てるぞ」と謎の励ましを受けた。


「栗と、リス。続けて言ってみてよ」


 私は言われた通り続けて言った。みんなは目的を達成したかのように歓声を上げて笑っているが、私はピンと来なかった。結局誰も、この絵が何を意味するか教えてはくれなかった。 下ネタ大好きな男子が「もう一回!」「もう一回言って」とねだるところから察した。


「お前がそう言うってことは、さては下ネタだな?」


 クラスみんな笑った。正解のようだ。


 後で携帯で調べてみてWikipediaがヒットした。女性に備わる性感帯の一つ……なるほど。ソレユエさんが触れさせてくれたところだ。



 大会成績も奮わずバスケ部を引退し、受験の準備に入った冬。

 私は「さっさと死んでしまうから勉強はどうでもいい」と過ごしていたので、成績は最下位争い有力候補だった。むしろ私と争えるバカがいることに驚いていた。同じ絶望を抱える仲間かと思ったが、受験対策の補修教室に集まって見れば、能天気なただの馬鹿達だった。私は死んだって構わないが、彼らは命知らずなのか?


「放課後は勉強をする時間にしたいので、パソコン室を使ってもいいですか」


 そう言って教室から許可を得て、私達馬鹿共はこっそりと遊んだ。ソレユエさんは高校卒業後進学していたが、同じ進路を進む未来が見えなかったので、私は底辺の高校に入学することにした。


 全てがどうでもいいと思うと心が穏やかだった。『勉強しなさい』と叱ってくる母の声も右から左に聞き流せる。どの口が言うんだ。あんたが弟達の面倒を見させるから勉強について行けなくなったんじゃないか。私の絶望は、あんたが教えてくれたんじゃないか。

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