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雷に打たれて死ねば  作者: 莞爾
3章 思春期編
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3-2 中二

 兄は卒業。平均的な高校へ進学した。

 一つ上の先輩達は、兄の目がなくなったことで私に対する嫌悪を隠さなくなった。生徒会所属の優秀な先輩はもういない。残ったのは不気味なみそっかすだけだ。

 そうして、先輩たちは、私に嫌がらせをするようになった……のだが、私は辛い状態を『普通』だと認知しているので、当時は後輩いじめをされているという認識はなかった。痛みや辛さが存在しているのが当たり前の世界で生きていた。


 当時の心理状態を説明するのは難しい。

 上手く伝わっているのだろうか。


 私の中にある人間不信と男性恐怖症が混ざり合って、『大人の男(親父)とは最低な存在』=『大人の男へと成長していく先輩達も、最低になっていくもの』と受け入れていた。先輩が嫌がらせをするのは男としての本能のようなもので、犯罪者の子供である私は嫌がらせを受けて当然な人間だと思っていた。


 この世で最も価値のない人間。それが私だった。

 どのような責め苦も拒否してはいけない。私は選べる立場じゃない。

 食べ物の好き嫌いもしない方だ。貧しいということもあるが、根底にある自己肯定感の低さが選り好みを許さなかった。


 今思えばいじめられていたと思えるけれど、当時の私はいじめられているとは思っていなかった。

 風が吹いているとか、雨が降っている程度のものとして痛みは世界に存在していた。だから先輩達を環境だと認識していた。相手にしなかった。


 好きな女子のスカートをめくったり、後輩のズボンを下ろしてちょっかいをかけるのも彼らの本能。仕方ないことなのだ。


 そして私は、「男に生まれてしまったが、こうはなるまい」と心に誓った。(最低な)男にはならないと決めていた。

 今も理性や品格を重んじる人間であるという自負がある。


 親父のトラウマによって人間不信と男性恐怖症になり、しかし自分もまた男性であるという状況……私は気高くあろうとしたのだ。

 思春期特有の下ネタや、異性に対するちょっかい、後輩に対する偉ぶった態度、私はそれら全てを禁止した。己を律するのが好きだった。生きるのが辛ければ辛いほど、世界から存在を許される気がしていた。


 そんな私の態度が先輩達をエスカレートさせてしまった。今思えば、彼らはいじめている相手が涼しい顔をしているのが腹立たしかったのだろう。私の気を引こうと躍起になっていた。「俺を見ろ! 恐れろ!」とでも言いたそうな執拗な嫌がらせの数々だったのだが、私は相手をしていられるほど暇ではなかったので全てスルーしていた。



 なんとなく、思春期というものをみんなから感じとっていた。髪型をカッコよくしてみたり、うっすら髪を脱色してみたり、目を光らせている先生を上手く欺いてオシャレしようとする動きがみられたのだ。その一方で、みんな多少なり悩みを抱えるようになっていた。

 私は、「みんなも大変なんだな」と勝手に仲間意識を持っていたが、残念ながら格が違った。クラスのみんなは『でも井神よりマシ』と励ましていたことを知る。


 一度、クラスの女子に失言を受けたことがある。

 私が勉強も無気力で、いつものボケーっと過ごしているのをみた女子が、『いいなぁ井神君って、悩みとかなさそうで』と言った。そしたら隣にいた女子が『ちょっと……!』と制止したのだ。

 そして『あ、ごめん』と謝った。


 私は別に、『悩みとかなさそう』という言葉に傷付かなかった。ただ、みんなに気を遣われていることを知って申し訳なくなったのだ。私がこのクラスにいなければもっと明るく楽しいクラスだったのかもしれないなんて考えた。


 教師は井神家の事情を把握済みだったので、かなり親身にしてくれた。担任は石黒先生という若い男性だった。バスケ部の顧問もしていたので学校生活ではほぼ全面的にサポートしてくれていた。

 そんな石黒先生に、デイリーライフという生徒と教師間の連絡ノートで訊ねたことがある。


〈石黒先生はホモなんですか?〉


 返答は『そんなことありません。どうしてそう思ったんでしょう?』だった。

 大人の男が私に優しくしてくれる理由が本当にわからなかった。優しくしてくれる人というのは、何か目的があるに違いないと思っていた。だから、性的に私を好いているという可能性を導き出した。ふざけていない。それほどまでに人間不信だったのだ。石黒先生には悪いことをしたと思う。


 私は悪意を持たない大人(しかも男)を前に、ずっと戸惑っていた。親切をどう受け取っていいのかわからなかった。どうにも分かり合えない、見えない壁を感じていた。孤独だった。



 絵を描いたり本を読んだり、現実逃避できることが好きになった。私は常に思考の半分くらいを空想の中に置いて、残りの半分の意識だけで外界の事象を処理するようになった。それくらいがちょうど良いと思った。真正面から世界と向き合うのはしんどいのだ。


 美術の授業で描いた絵は先生やクラスメイトにも一目置かれることが度々あった。「どうすればそんな絵が描けるの?」と問われたこともあったが、勝手に浮かび上がるイメージを描いているだけなのでどう答えればいいかわからなかった。当時の作品は紛失してしまっているのでお見せできないのが残念だが、精神を病んでいる子供じゃなきゃ描けない《《独創的》》な作品だったと思う。


 ……せっかくなので言葉で当時の絵を説明してみる。

 背景は宇宙で、視点は重力の弱い衛星からの景色が描かれている。宇宙には巨大な青い肌の人面が浮かんでいて、後頭部が星の軌道をなぞるように弧を描いて伸びている。……こんな感じ。

 静かで不気味な絵だった。このイメージが当時の私の脳内にずっと張り付いていた。


 勉強はまるでダメ。

 しかし会話の受け答えは妙に達観していて落ち着きがある。

 謎を多く抱えている。

 友達はいるがクラスカーストに縛られていない(当時の私はクラスに上下関係があることに気付いてすらいなかった)。

 球技部所属なのに偉そうにしない、何ならオタク寄りな友人が多い。

 下ネタを言わない。


 ……他の人とは違う立ち位置を確立していた私は、有難いことに女子受けは悪くなかった。「井神君ってなんかいい匂いする」などと言われたら、「遺伝子が遠いからかもね」と他意もなく言えてしまう図太い神経の私だった(科学で習ったことを伝えたかっただけだ。私の血の半分が海外なのだから遺伝子が遠いと応えるのは普通だと思っていた)。


 変な奴として受け入れられていたと思う。部活の無い放課後は女子三人とわいわい一緒に帰ったりした。それを見たバスケ部の先輩からはますます嫌われ、傘を壊されたりもしたが、相変わらず眼中になかった。


 今思い出したが、一度だけストレスが限界を迎えたことがある。休日に机に向かって絵を描いている時に、これまでに経験したことのない腹痛に襲われたのだ。お昼ご飯の準備ができたと呼ぶ母の声にも応えることができず。机に倒れてお腹を抱え、声もなく涙が流れた。母が私の(兄と一緒の子供部屋)ところにやってきて、異変に気付いて病院に連れていってくれた。その間、車内でも会話をする余裕がないほどの激痛でうずくまっていた。


 診断の結果、腸内に穴が空いていたそうだ。原因はわからないと医者は言うが、あれはストレスのせいだと思う。まさか穴が開くほどのストレスを子供が抱えているなんて、医者は考えないだろう。


 苺ジャムみたいな便が出た。

 点滴を打ってけろっと治ったのが幸いだ。



 このあたりで、確か母には新しい彼氏ができた。

 兄と私は、母の男運のなさをよく知っているので彼氏という存在に警戒していたが、結果から言うとこの人は歴代トップのまともな人間だった。……まぁこの時点では警戒を解いていないが。


「また男か」


 というのが私と兄の感想だ。

 母は日本語の読み書きは依然不得手なので彼氏の存在は書類諸々の雑務に必要不可欠だろうが、私の生活圏に大人の男がいることが不快でならなかった。なので私は放課後も遅くまで家に帰らなくなった……グレるのは品位に欠けるので大体十八時~二十時の範囲で帰宅するけども。


 余談だが、私のクラスでは不良が少なかったように思う。もしかしたら私がじっと耐えている姿を見て、グレるにグレられなかったのかもしれない。


 金がない人間が入り浸れる施設は限られている。本がある場所だ。当時はサブスクのサービスもまだない時代なので、TSUTAYA全盛期だった。それとBOOKOFFも市内にある。市立図書館ももちろん通ったものだ。


 そこで、ある女性と出会いがあった。


 TSUTAYAの棚の影に設置されている椅子。そこに座って本を読むのが私の放課後の過ごし方だった。


「ねぇ」とか、「○中(学校)?」とか、何と呼びかけてきたかは忘れた。本の頁から顔を上げると彼女がいたのだ。


 相手は十八歳前後だったと思う。中学二年生から見た高校生は大人に見えた。個人ホームページでの名前が〈それゆえ〉だったので、以降彼女の名をソレユエと表記する。


 ソレユエさんが私に声をかけた理由はよくわかっていなかった。心配になって声をかけたくなるほどTSUTAYAで私を見かけていたのかもしれないし、死にそうな顔をした少年がいると思ったのかもしれない。家に帰らないからネグレクト被害を疑った可能性もある。


 一方で私は人間不信……特に大人の男が怖くて苦手だったが、女性は割と平気だった。ソレユエさんは優しい雰囲気で、綺麗で、私は好意を抱いた。


 実は私は学校でも何となく思いを寄せている女子(一緒に帰る三人組の内の一人)がいた。どちらが初恋だったのかは曖昧である。



 ソレユエさんとはメールを送り合う仲になった。

 貧乏家庭の私が携帯を持っているのは母の彼氏のおかげだろう。この時ばかりは感謝した。

 メール内容はいたって日常的なものだ。


〈今ヘキサゴン(当時人気だったクイズ番組)観てるでしょ?〉

『何でわかるの?』

〈面白い番組他にないからね〉


 とか。


〈風呂場に大きなムカデがいた〉

『やば』

〈俺のアパートは鼠とゴキブリとムカデが出てくる〉

『三国志だ』


 とか。


 二人とも本を読む側の人間だった。というか、私はソレユエさんに影響されて意識的に本を読むようになったと言っていい。これまでは文字を追いかけて何となく妄想の世界の取っ掛かりとしていたが、言葉そのものを味わうようになったのは大きな変化だった。


 いつかソレユエさんは言った。


 『勉強なんかできなくても生きていけるよ。でも言葉を知らないと生きていけないんだよ』


 何となく「深いな」と思って胸に刻むことにしていた。ソレユエさんが言うと味わい深く感じた。

 相変わらず勉強に追いつける気はしないし、追いつこうという気も起きなかったが、言葉はたくさん取り込むようにした。本に限らず、歌も聴いたし、綺麗だなと思える言葉は携帯でメモして、気の利いた場面では受け売りな言葉を使ったりもした。どんな冗談がウィットに富むものなのか学び、世渡りも多少上手になった。クラスの輪に溶け込めるようになったとき、言葉を知るというのはこういうことかと理解した。

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