留学王女とタイムカプセル
最近お知り合いになったヤール王子って、とっても聡明で素敵な方なんですよ。なので勿論、『女が多少勉強できたところで小賢しいだけだろう』なんて台詞とも無縁です。
王族男児には珍しいことに全然偉ぶらないし、負けをはっきりと認める度量も、約束を履行する律儀さもある、尊敬できる方なんです。
まだ二次成長が来ておらず私よりも背が低かったり、年相応に子供っぽい所があったり、王位継承権の序列が低かったりで周囲からはちょっぴり軽く見られがちなんですが、あと数年もすればきっと物凄くモテるようになるんだろうなぁと思っています。
◇
僕には今、目の上のたんこぶの様な存在がいる。留学生のリーナ・エカチェ王女だ。
「ヤールさま、チェックメイトです」
「ぐぬぬ……」
僕は生まれつき頭が良いらしい。
しかし、王立アカデミーの中等部入学と同時に留学して来たリーナによって総合成績のトップから陥落してしまった。
その後、負けっぱなしも癪なので、様々な知的遊戯で彼女に勝負を挑んでいるんだけど、結果は先程の通りだ。
おかげで最近の僕の立ち位置は『大国シャフリの天才王子』から『リーナに毎回負けてる人』に変わりつつある。
僕も一応王族で、初等部では主席だったはずなんだけど、継承権11位の扱いなんてこんなものなのかなぁ?
えっ?
次のテストで勝てばいいじゃないのかって?
素晴らしい提案だね。
シャフリ国のテスト用紙はね、100点満点の一枚目の次に、超難問の二枚目がある特別仕様なんだ。
それが解けると大幅に加点される仕組みで、以前僕は五科目で620点を獲得したんだけど、彼女は数学だけで720点だったんだよ……
勝負を初めて、早くも一年。
いつからか、『勝負の敗者は罰ゲーム』というルールが追加されていた。
「うん、『秘密基地』の完成です。」
「結構綺麗にできたね」
できたのは、枠で囲われた二人がけのベンチ。
昼休みに学園の裏庭に作った、基地には程遠い簡素なそれに、並んで座ってひと休み。
まあ、こっちからお願いして勝負してもらっているし、それ位やぶさかではない。今日の『秘密基地作りを手伝う罰ゲーム』とか、個人的にも超楽しかったしね。
でも、落ち着いた彼女の雰囲気には似つかわしくなくて、なんだか随分と子供っぽいような?
「あ、ヤール様袖のボタンがとれかかっていますよ」
「本当だ、さっき引っ掛けちゃったかな?」
「修繕して差し上げます。どうぞそのままで」
ポケットからソーイングセットを取り出して、袖のボタンを縫い始めるリーナ。王女なのにこんな事も出来るんだなぁ……
「ん?なんか、楽しそうだね」
「分かります?楽しいんですよ」
ウフフと笑うリーナにドキッとしてしまった。
裁縫が趣味なのかな、初めて知った。
「私、ヤール様には感謝しているんですよ?秘密基地作りのほかにも色々と付き合って頂いたお陰で楽しい思い出が沢山できましたもの。」
それだけ僕が負け続けてるってことだけどね。
いつか彼女に勝てる日は来るんだろうか……
◇
〜リーナ・エカチェ王女視点〜
シャフリは温暖で食べ物も美味しい素敵な国です。ただ、エカチェとは長年仲が悪く、もし両国間で何かあれば私は真っ先に殺される立ち位置にいます。
「ねぇ、リーナはホームシックになったりしないの?」
「私、祖国での扱いってあまり良くないんですよ。王族に必須とされる魔力を殆ど持たない妾の子ですし、留学生って名目の人質に選ばれる位ですからね。」
ある日、ヤール様からそう聞かれて、ついポロリと本音が出てしいました。まあ、それだけヤール様との二年半が私にとってかけがえのないものだった証拠ということで。
驚きに目を見開き、ショックを受けた顔をするヤール様。
失言だったなぁと反省です。留学したての頃はいつも気を張っていましたのに、いつの間にかすっかり緩んでいました。
「でも、おかげで毎日後悔がないようにチャレンジングに生きられてしますし。ヤール様のお陰で普通なら中々出来ない経験も沢山できましたよ。」
微妙な立ち位置にいる私でしたが、貴方のお陰でクラスにも馴染めましたし、世界だって本当に広がりました。今はこの国に来て良かったと思っていますし、貴方には感謝しているんですよ?
これは偽りない本音。
だからこの先に何か辛いことがあっても、目を瞑ればきっと、秘密基地のベンチでヤール様とお話するこの日々に、私はきっと帰ってこられる。
「リーナ……勝負だ」
空気を読んだのか、いつもの頭脳勝負を持ちかけてくるヤール様。
「ええ、構いませんよ。お題は何にもしますか」
「勝負は『投資対決』にしよう。来週ここに、お互い金貨一枚で買えるものを買ってくる。そして、十年後により価値が高くなりそうな物を選んできた方の勝利だ」
「承知しました」
ヤール様って、やっぱり素敵な方ですよねぇ。勝負にかこつけて、未来に思いを馳せる様な楽しい約束を持ちかけるんですもの。
しかし、『投資対決』ですか。
総合力が問われそうな種目……不味いなぁ。
私、どうやら数学関係の才能は結構ある様なんですが、それ以外は全然大した事ないんですよ。
でも、負けたくないです。
だって、地味な容姿でユーモアもない私に王子が興味を持って下さっているのって、きっと勝負に勝ち続けているからですもの。
何にしましょうかね?
今週末は頭を悩ませる事になりそうです。
熟考の末、私はワインを選びました。
「今年は葡萄の出来が良かったらしいんですよ。統計データから見ても10年の熟成でより価値が上がるかなと思いまして。」
あと、無事大人になれたら今日の事を思い出しながら、貴方と一緒に飲みたい……なんちゃって。ちょっと乙女回路過ぎですかね。
「ヤール様は何にしたんですか?」
「僕は金の指輪にしたよ。シャフリでは2年後に金貨を国が回収して通貨を紙幣に変更するだろ?だから今後、市場に流通する金の価値は上昇しそうなんだよね。」
あー、なるほど。
世界初の経済政策なのでどうなるか分かりませんが、言われてみればその可能性は大きい気がしますね。
加工する料金分、金貨よりも体積量は減るけど、指輪にしておけば回収されずに金が手元に残るのか。盲点でした。流石ヤール様。
「しかしこれ、甲乙付け難いですね。どうやって決着をつけましょうか?」
「それなんだけどさ、十年後にここで答え合わせをしようよ。」
え、それって……
「で、でも僕、指輪って無くしちゃいそうだからさ、リーナが持っててくれないかい?代わりにワインは王城の貯蔵設備で熟成させておくよ。」
良く見ると、ヤール様のお顔が赤くなっています。それに、私を求めてくださっていると分かる熱っぽい目。
「……ええっと、嫌、だったかな」
「いえ……嬉しいです」
でも、驚きです。
「僕、頑張るから。だから信じて待っていて欲しい」
そう。
聡明なヤール様なら、そう言いますよね。
デビュタントすらまだで、王族としての権限は非常に弱い私達。
そんな現状を正しく理解しているからこそ、『絶対に』やら『約束だ』なんてセリフは、とても言えない。
でも、理屈よりも今はーー
胸と頬に感じるこの熱を信じてみたい。
だから、返事に代えてハグ。
それから
「んあ?!」
「フフフ」
驚いた顔で見つめてくるヤール様ですが、私の方こそ驚きました。
いつの間にやら彼の頬にキスをするには、背伸びが必要になっていたんですね。