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9/9

幼き公爵令嬢、まどろみに思案する

 まだ青さの残る朝の光が、透けるようにカーテン越しにゆっくりと差し込む。

 遠くに小鳥の歌声が聞こえ、天蓋の中で令嬢は、いつも通りゆるやかに目を覚ました。

 それとほぼ同時に、私室の扉の外から、侍女の声が聞こえた。


「……お嬢様、おはようございます。お目覚めのお時間でございます」


 今日も、令嬢は定刻に目が覚めた。


 起き上がった体に掛けられたショールの手触りと、侍女が差し出したカップの香りと温度に、彼女はふと目を細める。


 ——ミルクティー。

 それも、しっかり温められたミルクと、浅煎りの茶葉。

 胃に優しい、柔らかな香りの一杯。


(……そういえば。最近は毎朝、これが出てくる)


 午後にはレモンをほんの一滴落としたアールグレイ。

 ベルガモットの香りとレモンの酸味で、気怠い気分を引き締める。


 夕方には白湯、あるいはカモミールを基本に。

 夕食後のハーブティーは、その日の体調や空気の重さ、翌日の予定に合わせて、スペアミントとレモンバームの日もあれば、ラベンダーが香る日もある。


 食卓に並ぶ水は、室温に近く冷たすぎない。

 ただ喉を潤すだけでなく、料理の味を邪魔しない、丸みのある軟水があった。


 そして、これらどの飲み物にも、砂糖や蜂蜜は一切なく、口内がべたつくことはない。


 令嬢は、飲み物をいちいち指示などしていない。

 体調に合わず飲み残すことはあれど、誰かにああしろこうしろと注文をつけた覚えはなく、好みに合わないからと差し替えを求めたこともない。


 しかし、今の飲み物の選ばれ方は、あまりにも的確だった。

 ここ最近は朝からタンニンで胸焼けをすることも、カフェインで夜眠れなくなることも、なくなった。


 ここ最近。

 令嬢の脳裏に浮かんだのは、最近「執事見習い」になったばかりの、あの黒髪の青年だった。

 飲み物と同時期におきた最近の変化といえば、令嬢自身が後押しをした、ユリウスの昇格だった。


 背筋の伸びた無駄のない所作、余計な詮索の言葉を挟まぬ節度。

 そして目の前の自分を「主人」として見ていることに、揺らがぬ忠誠を感じる。


 否、「忠誠」 という単語だけで片付けていいようには、思えなかった。

「忠誠」だけでここまでやる必要はない。

 飲み物の奥にあるのは、「ただの忠誠」ではない——と、今朝のミルクティーの温度からも、見てとれた。


 カップをもう一度手に取り、ほんの少し口をつける。

 ミルクの優しい味に、思わず小さく息がこぼれた。


(……やっぱり。今日のは、ほんの少しだけ温度が高め。昨晩、いつもより少し早めに、ベッドに入ったから……?)


 気のせいではない。

 これは、観察されている。細やかに、丁寧に、自分を。


 けれど、それは不快ではなかった。

 不思議と、少し、安心する。

 見張られているのではなく、見守られている。

 ()()()()()()()()()


 心のどこかで、そっと思う。


(もし、これを“仕える”というのだとしたら、これまでの召使たちは——いいえ、彼らは彼らの「完璧」を成してくれていたわ。なら、ユリウスは……)


 令嬢の考えは、まだ明確な言葉にはならない。

 しかしほんのわずかに、ゆるやかに、ユリウスの存在が心に入り込んできているのを感じていた。

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