幼き公爵令嬢、まどろみに思案する
まだ青さの残る朝の光が、透けるようにカーテン越しにゆっくりと差し込む。
遠くに小鳥の歌声が聞こえ、天蓋の中で令嬢は、いつも通りゆるやかに目を覚ました。
それとほぼ同時に、私室の扉の外から、侍女の声が聞こえた。
「……お嬢様、おはようございます。お目覚めのお時間でございます」
今日も、令嬢は定刻に目が覚めた。
起き上がった体に掛けられたショールの手触りと、侍女が差し出したカップの香りと温度に、彼女はふと目を細める。
——ミルクティー。
それも、しっかり温められたミルクと、浅煎りの茶葉。
胃に優しい、柔らかな香りの一杯。
(……そういえば。最近は毎朝、これが出てくる)
午後にはレモンをほんの一滴落としたアールグレイ。
ベルガモットの香りとレモンの酸味で、気怠い気分を引き締める。
夕方には白湯、あるいはカモミールを基本に。
夕食後のハーブティーは、その日の体調や空気の重さ、翌日の予定に合わせて、スペアミントとレモンバームの日もあれば、ラベンダーが香る日もある。
食卓に並ぶ水は、室温に近く冷たすぎない。
ただ喉を潤すだけでなく、料理の味を邪魔しない、丸みのある軟水があった。
そして、これらどの飲み物にも、砂糖や蜂蜜は一切なく、口内がべたつくことはない。
令嬢は、飲み物をいちいち指示などしていない。
体調に合わず飲み残すことはあれど、誰かにああしろこうしろと注文をつけた覚えはなく、好みに合わないからと差し替えを求めたこともない。
しかし、今の飲み物の選ばれ方は、あまりにも的確だった。
ここ最近は朝からタンニンで胸焼けをすることも、カフェインで夜眠れなくなることも、なくなった。
ここ最近。
令嬢の脳裏に浮かんだのは、最近「執事見習い」になったばかりの、あの黒髪の青年だった。
飲み物と同時期におきた最近の変化といえば、令嬢自身が後押しをした、ユリウスの昇格だった。
背筋の伸びた無駄のない所作、余計な詮索の言葉を挟まぬ節度。
そして目の前の自分を「主人」として見ていることに、揺らがぬ忠誠を感じる。
否、「忠誠」 という単語だけで片付けていいようには、思えなかった。
「忠誠」だけでここまでやる必要はない。
飲み物の奥にあるのは、「ただの忠誠」ではない——と、今朝のミルクティーの温度からも、見てとれた。
カップをもう一度手に取り、ほんの少し口をつける。
ミルクの優しい味に、思わず小さく息がこぼれた。
(……やっぱり。今日のは、ほんの少しだけ温度が高め。昨晩、いつもより少し早めに、ベッドに入ったから……?)
気のせいではない。
これは、観察されている。細やかに、丁寧に、自分を。
けれど、それは不快ではなかった。
不思議と、少し、安心する。
見張られているのではなく、見守られている。
見ていてくれている。
心のどこかで、そっと思う。
(もし、これを“仕える”というのだとしたら、これまでの召使たちは——いいえ、彼らは彼らの「完璧」を成してくれていたわ。なら、ユリウスは……)
令嬢の考えは、まだ明確な言葉にはならない。
しかしほんのわずかに、ゆるやかに、ユリウスの存在が心に入り込んできているのを感じていた。