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薄手の帳面①

 ——「感情の記録」一頁目より——


 本日、初めて筆を取る。

 これは誰かのための報告ではない。

 ただの、私自身のための感情の記録となるだろう。

 もしも誰かが読むことがあるのならば、それはお嬢様であってほしいと、願う。


 お嬢様へ綴る、長い手紙となるかもしれない。

 ただの記録にすぎないかもしれない。

 それでも、書き残していこうと思う。


 まずは、この記録を書くに至った経緯。

 それを書くには、まずお嬢様に謝罪を申し上げなくてはならない。



 お嬢様。

 貴女のお手紙を拝見いたしました。

 それと同時に、貴女の日記を発見いたしました。

 お嬢様の私的な日記とは分かっていながらも、どうしても、どうしても読まずにはいられませんでした。

 大変申し訳ございません。

 そして……遺してくださって、ありがとうございます。


 もう一つ、謝らねばなりません。

 私の涙が溢れ、いくつかの文字を滲ませてしまいました。

 お嬢様が遺されたものを穢してしまい、申し訳ございません。

 可読性に問題はありません。どうか、お許しください。


 貴女の日記を読み、貴女のように感情を綴ってみたいと、貴女がいつかこの記録を読んでくださればと、叶わぬ夢ながら、そう思った次第です。


 あの日記帳には、貴女の心が生き生きと、今もなお、ありました。

 貴女の心に私が触れられたのは、貴女が書き遺してくださったからです。

 本当にありがとうございます。



 それと、お手紙へのお返事を。

 私の現在の行動が、貴女の望みに反することを、お手紙で知りました。


 ……いいえ、知っておりました。

 貴女の選択を思えば、貴女の望むことは、それ以外にないことは明白です。


 貴女の望みを理解していました。

 ただ、受け容れることが、どうしても、できなかったのです。


 私は、貴女の願いを踏みにじって生きている。

 大変申し訳ございません。心より深くお詫び申し上げます。


 私は、これより更なる不忠を重ねます。

 私の最後の不服従を、貴女は決してお許しにならないでしょう。

 どうか、お許しにならないでください。




 私は、あの日々のことを思わない日はありません。

 感情の記録をするにあたって、これから少しずつ、過ぎ去った日々のことを綴ることになるでしょう。


 貴女と出会った日。

 私の人生は始まりました。

 貴女に与えられた人生でした。

 貴女の為に使い切りたいと、心からそう思いました。


 貴女が初めて名を呼んでくださった日。

 初めて体が形を得ました。

 それまでの私の記憶は、どうにもぼんやりと薄く、実際、有って無きが如しだったのでしょう。


 貴女が初めて名を覚えてくださった日。

 初めて心が形を得ました。

 今思えば、私が人がましいことを言うようになったのは、あの日からだったのでしょう。


 貴女が心の内を明かしてくださった日。

 我が心を明かしもせず、忠義を盾に、私が貴女を傷つけてしまった日は、憎く、そして狂おしいほどに愛おしい。


 貴女が私の忠誠を受け取ってくださった日。

 貴女がどんなお気持ちで受け取ってくださったのかも知らず、察しようともせず、愚かしくも私は、喜んでおりました。


 そして、貴女が、ほんの少しだけ眉を下げて、私へ視線を向けられた日。

 貴女の意図に、ほんの少し、あとほんの少しでも早く、気付けたら良かった。




 未だに貴女のことを、夢に見ます。


 大変遅れてしまい、申し訳ございません。

 私はひとつずつ、貴女への()()()として書き残します。

 たとえ読まれることのない言葉であっても。

 この胸の内のすべてを、ただ貴女に向けて。


 ——ユリウス

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