木苺摘みの娘と、光りさす庭園
————娘がその森に踏み入ったのは、懐かしさなどではなかった。あの日と同じように、ただ木苺を探していた。
しかし、かつてあの森の奥で見たものの記憶は、たしかに娘の心の底で燻っていた。
触れてはいけない。二度と立ち入ってはいけない。娘はそう思っていた。
命からがら逃げだせた場所だ。
なのに娘の足は、誰かに呼ばれたかのように、その場所へ再び辿り着いた。
背の高い木々に初夏の陽の光は遮られ、まだ昼前だというのに、森は暗かった。
その森をあてもなく彷徨った先に、それはあった。
森に飲み込まれかけている、大きなお屋敷だ。
崩れかけた煉瓦の塀を伝って外縁を進むと、木の小さな扉が崩れている箇所がある。
その向こう側、苔むす石畳の先に、光りさす庭園があった。
青々とした芝生には、枯れ葉も落ちていない。飛び石には苔なんて、かけらもついていない。
鳥の声も風の音もしない。記憶よりもずっと静かだった。
咲き乱れる花々は季節を超えていた。春の花も夏の花も、入り混じって咲いている。
匂い立つほどの花々の先に、——いた。
時間が止まったように、あの日と変わらぬ姿の少女が座っていた。
金の髪は陽の光を受けて輝き、ばら色の頬には微笑を浮かべて、眠っていた。
一片のけがれもない少女は、呼吸をしていなかった。
あまりにも整いすぎた静謐。
この庭園に、あの日とは異なるものが、一点だけあった。
少女は右手だけを膝に置いていた。左手は——彼と、絡み合っていた。
彼——黒髪の男が、少女の隣のソファに座っていた。
二人とも、最も格式高い服装であろうことは、無学な娘にも一目でわかった。
姿勢も服装も、寸分の狂いなく整っている。
男の、少女とつないでいない方の手には白手袋がはめられ、まるで画家が最も美しく見える位置を指示したかのように、膝にあった。
凛とした姿勢のまま、ほんの少しうつむいている男の顔には、前髪で影が落ちている。
恐る恐る覗き込むと、人形のように整った顔立ちと、わずかな微笑があった。
恐ろしいほど安らかな、幸福そうな寝顔。
呼吸は——ない。
卓には埃一つない。
卓上の花瓶には、見事な白百合が生けてある。否、この白百合も生きてはいないのだろう。
まるでついさっきまで見つめあって、笑いあっていて、ついさっき——今この瞬間に、何もかもが同時に息を引き取ったかのようだった。
完璧に美しい光景。ただ、この場にはいのちだけがなかった。
いのちある者は、娘だけ。
娘は泣きこそしないものの、背筋が震えた。
木苺の入った籠を抱きしめるように抱えながら、凍りつきそうな足を動かし、その場を後にした。