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第33話・第1節「選ばれし王子と燃え残る灯」

王都から北へ七十リーグ。

 廃村となったかつての貴族領“ヴァレロス荘園”――そこに、半ば崩れた石造りの蔵があった。


 その地下深く、まるで忘れられたように存在する空間に、一人の青年がいた。

 長く伸びた銀髪。青白い肌。そして、虚ろな眼差し。

 彼の名は――リアン・ユゼルヘイム。王都最後の“正統王子”。


 「また……夢、か……」


 リアンは小さく呟いた。

 朽ちかけた床に座り込みながら、彼は何度も見続けてきた幻影を思い返す。


 ――父王が斃れたあの夜。

 ――偽の聖印を掲げた教会騎士たちが、玉座を“神の御心”の名のもとに奪っていった瞬間。

 ――そして、自身が“神の呪いを受けた者”とされ、命を狙われ、隠されるように連れ去られた日。


 彼の記憶は鮮明だった。

 だが、その日から十年近く、リアンは“生きてはならぬ存在”として閉ざされてきたのだ。


 「……俺には、もう何も残っていないと思っていた」


 彼が唯一心を許したのは、付き従ってきた老臣・エルマーだけだった。

 しかし彼もまた、三年前に病で世を去った。

 それ以降、リアンはこの廃墟に一人、封じられるように生きていた。


 「だが――また“誰か”が、この扉を叩いた」


 耳を澄ませば、外にはわずかな物音が聞こえる。

 風が枝を揺らし、小鳥が囁く……そんな静謐の中に、確かに“異なる気配”があった。


 「……誰だ」


 低く響く声に呼応するように、鉄扉の外で返答があった。


 「リアン・ユゼルヘイム殿。私は、ルークス=シノノメ。王都ユゼルヘイム再建評議会の代表であり、現地を守る者だ」


 扉の向こうで名乗ったその声は、リアンの知るいかなる貴族のものとも違った。

 威圧でも命令でもない、しかし確固とした意志が込められた声だった。


 「……開け」


 数年ぶりに口にした命令の言葉。

 そして、その瞬間、鉄扉が軋む音を立てて開かれた。


 光が差し込む。

 眩しさに一瞬目を細めたリアンの前に、黒髪の青年が立っていた。


 背後には、神官服を纏ったミュリナ、そして元教会騎士のジェイド、魔法使いのセリナの姿もあった。


 「ようやく……あなたに会えた」


 ルークスの声は、穏やかでありながらも、深い敬意を含んでいた。


 「我々は、今の王都の“正統な指導者”を求めています。ですが……それは“王”である必要はない」


 「……ならば、なぜ俺に?」


 リアンの問いに、ミュリナが一歩進み出た。


 「あなたは、ただ“生まれた血”だけの象徴ではない。あの日、王家の断罪を拒み、逃げたのではなく、命を賭けて“民を守る選択”をしたと聞いています」


 リアンの眉がわずかに動いた。


 「……エルマーから、そう伝わっていたか」


 「はい。そして今、王都は“真実”と“自由”のもとに再生を始めています。ですが、それをまとめあげる象徴がどうしても必要なのです」


 ルークスがリアンの前に膝をつき、頭を下げた。


 「王としてでなくて構いません。“言葉を持つ者”として、我々とともに歩んでいただきたい」


 長い沈黙が流れた。

 だがその中で、リアンの胸の奥で何かが微かに熱を帯びていた。


 十年の闇。その中で諦めたはずの未来。

 だが、目の前の者たちは“忘れ去られた王子”を、ただの象徴ではなく、“人間”として求めたのだ。


 「……ならば、俺は“王”ではなく、“証人”となろう」


 リアンは立ち上がった。その背筋には、長い時を経た者の静かな威厳があった。


 「過去を知る者として、今の真実を語り、新たな誓いの証人となる」


 その言葉に、ミュリナが深く頭を下げた。


 「ありがとうございます……これでようやく、未来が語れる」


 こうして、“失われた王権”は、姿を変えて再び歴史の前に立った。

 それは血でも力でもなく、意志と記憶によって支えられる、新たな“秩序”の第一歩だった。


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