第32話・第2節「新たなる秩序の胎動」
王都ユゼルヘイムの中央広場――かつて真聖堂の影がすべてを覆っていたその地に、今は瓦礫と沈黙が支配していた。
しかし、その沈黙は“終わり”のものではなかった。
それは、胎動。新たな始まりの、予兆。
「……民が動き出した」
セリナが報告を携えて戻ってきた。
南門の混乱は収まり、市民の一部は瓦礫を片付ける手伝いを申し出てきているという。
「もう“神罰を恐れて口を閉ざす”者たちじゃない。見たのよ、自分の目で……真実を」
ルークスは頷くと、腰を上げて周囲を見渡した。
大通りに集まる人々。肩を寄せ合いながら、黙々と作業を進める者。
砕けた聖堂の彫像を拾い集め、それを祈りの対象としてではなく、“記録”として残そうとする者もいた。
「祈りの対象を失って、なお動ける人間は……強い」
ルークスの言葉に、セリナはわずかに微笑んだ。
「それは、あなたが壊したからよ。……偽りの聖堂を、偽りの神を」
「壊しただけじゃ意味がない。これから“どう築くか”だ」
そこへ、ジェイドが戻ってきた。
「北部の封鎖を突破してきた使者たちが王都に到着した。教会によって粛清された村の遺族や、地方の小領主たちだ」
彼は一枚の布を掲げた。
それは、かつて教会に処刑された“異端追放者”たちの家紋が刺繍された旗。
「彼らはもう逃げない。今度は、“語る側”になるつもりだ」
ミュリナが聖典を胸に抱き、静かに言った。
「それができる世界を、私たちが保証しなきゃいけないのよね」
囁かれし者が口を開いた。
「各地の神官たちの中にも、すでに“目覚めた者”がいる。彼らを集めて、まずは“開かれた祈りの場”を設けるわ。組織化ではなく、自主性を尊重した集会を」
「“教会”ではなく、“共会”か」
ルークスが呟くと、セリナがそれに乗った。
「悪くない。名前が違うだけで、目的が変わる。旧体制に代わる、新たな意思の結びつきを作るの」
その言葉に、ルークスは静かに頷いた。
「なら……まずは“王都再建評議会”を開く。王家も教会も失墜した今、暫定的に民の代表による合議制を試すべきだ」
「評議会の中心には、誰が立つの?」
ミュリナの問いに、一瞬、場が静まる。
「俺が立つ……のは違う気がする。俺は、破壊者だ。創造者の顔は持ってない」
「でも、それを自覚してる人間が立つべきなんじゃない?」
ミュリナの真っ直ぐな言葉に、ジェイドも肩を竦める。
「王都の人間は、お前を“英雄”と見てるぞ。神を倒し、聖女とともに真実を暴いた男としてな」
「……荷が重いな」
それでもルークスは一歩、聖堂跡の中央に立ち上がった。
「俺は、すべてを変えるつもりはない。ただ、“本物の信じる力”を歪めずに繋げる場所を、もう一度作りたいだけだ」
群衆の中から、小さな拍手が聞こえた。
それは、やがて周囲へ波のように広がり、王都の広場全体を包み込んでいった。
“崩壊の後に生まれる希望”――その胎動が、確かにそこにあった。