第31話・第2節「大聖女ユリエルの真実」
最上階へと続く螺旋階段を、ルークスたちは駆け上がっていた。
後方では囁かれし者率いる分隊が奮戦を続け、聖騎士たちの追撃を防いでいる。だがその盾がいつまで保つかはわからない。
ルークスは剣を抜き、扉の前に立った。
重厚な魔力が編まれたその門は、ただの扉ではない。“信仰と階級”によって選ばれし者だけが通れる《神選の門》だ。
ミュリナが息を呑みながら呟く。
「……私たちに、開くの?」
ルークスは短く答えた。
「いいや。開かせる」
その瞬間、彼は自らの魔力核を全開に解放した。
“選ばれし者”ではない――だが、神の名を騙り弱者を捨ててきた教会の欺瞞を暴くため、彼は力そのものを“叛逆の楔”として用いた。
「《零域穿破・断罪形》ッ!!」
閃光とともに門が砕け、封印が弾け飛ぶ。
そして、その先に現れたのは――
白銀の玉座と、それに寄りかかるようにして佇むひとりの女だった。
絹のような白髪、紫水晶のような瞳。
荘厳さと病的なまでの静けさを纏ったその姿――大聖女ユリエル。
「来ましたね、反逆者。……いえ、“目覚めし者”と呼ぶべきかしら」
その声は優しく、だが氷のように冷たい。
ルークスは剣を構えたまま睨む。
「お前が……すべての偽りの頂点か」
「頂点? そんな栄光など、望んだことは一度もありません」
ユリエルは微笑む。その表情に嘘はない。
「私はただ、“秩序”を守ったのです。混沌が人を傷つける。だから、人々に“選別された救い”を与えた。わかりますか? この王都の民は、真実よりも“安定”を望むのです」
「それは、“自由”を奪った上での話だ!」
セリナが叫ぶ。
「異端を焼き、無力な者を見捨てておいて、秩序だなんて……!」
「秩序とは、誰かの犠牲によってしか成り立たないものよ。だからこそ私は“女神の声”を曲解し、整えた……皆が恐れぬように。皆がすがるように」
ユリエルの背後に、荘厳なステンドグラスが輝いた。
だがその図像は、ルークスたちが影の神殿で見た“真実の神の姿”とは異なる――冷たい目で人々を見下ろす“選民の神”だった。
「なら、お前こそが、神の言葉を最も深く冒涜した存在だ!」
ジェイドが剣を抜き、前へ出る。
ユリエルは静かに立ち上がった。
「……ならば、神罰を与えましょう」
その瞬間、空気が弾けた。
大聖女の身体から放たれたのは、聖なる力ではない。“制御された神性”――それは、古の戦争で神が遺した“禁忌の核”を移植することで得られた力。
「神ですら恐れた力を、人に扱わせたのか……!」
ルークスの怒声とともに空間が揺れる。
ミュリナが急いで癒しの結界を張るが、その外側で空間そのものが裂け、黒い光が奔った。
ユリエルの指先から放たれる力は、魔族の瘴気すら含んだ“混成神性”。
「私は神になどなれない。だが――神の力を扱う“管理者”にはなれる」
それは、すでに信仰でも祈りでもない。
“神を模倣し、支配する意志”の発露だった。
ルークスは剣を掲げ、叫ぶ。
「ならば――その偽りを断つ。俺は、誰かの犠牲に乗って築かれた秩序など、決して認めない!」
その言葉が、光の頂に響き渡った。