第31話・第1節「偽りの聖堂、血塗られた夜明け」
夜明け前の王都は、いつにも増して静寂に包まれていた。
だが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。
真聖堂の尖塔に灯る光は、昨晩の騒乱にも関わらず絶えることはなかった。むしろ、その光は異様なほど冷たく、鋭く、王都全域を見下ろす“監視の目”のようでさえあった。
ルークスたちは、真聖堂裏手に広がる聖職者専用の中庭に潜んでいた。夜明けと同時に堂内へ侵入し、聖堂最上層――大聖女ユリエルの玉座へと向かう。
「準備はいいな」
ルークスの問いに、ジェイドが剣の柄を握り直して応じる。
「いつでもいい。昨日、あれだけ晒したんだ。引き返せる道なんて、最初からなかった」
「教会内部の通路は私が案内するわ」
“囁かれし者”は冷静に頷き、暗闇の中でもわずかな魔素の流れを感知しながら進む。
ミュリナは背負った癒しの杖をそっと撫でた。彼女の目には怯えの色はなかった。
「……誰かを救うためじゃなく、今は“皆を巻き込まずに進む”ための力になる。私、そう決めたの」
ルークスは一歩、聖堂の石壁に手をかけ、結界のわずかな裂け目に魔力を流し込む。
「突破する。行こう――真実の中心へ」
結界が軋みを上げ、わずかに開いた。
一行は音もなく闇の中へと身を滑り込ませた。
聖堂内部は、外の騒乱とは無関係に荘厳さを保っていた。赤絨毯が敷かれた中央廊下の両側には、黄金の像とステンドグラスが並び、まるで“神の意志”を再現するような空間が広がっていた。
だがその中に、人の気配はなかった。
「妙だな。通常なら夜明け前でも警備聖騎士が常駐してるはずだが……」
ジェイドの警戒に、ルークスも首を振る。
「気をつけろ。これは“招かれている”と見ていい」
その瞬間、左右の壁が崩れた。
金属の響きとともに、白銀の鎧を纏った聖騎士たちが現れる。
「反逆者、神罰を受けよ……!」
その声とともに放たれたのは、光の刃。
だが、ルークスはその軌道を読み切り、最小限の動きでかわす。
「ここで足止めされるわけにはいかない!」
ミュリナが詠唱を短縮しながら癒しの障壁を展開、セリナがその影から魔矢を連射。
ジェイドが前へ出て、聖騎士たちの進撃を食い止めた。
「中央階段を確保する! 二分隊、私について来て!」
囁かれし者の号令で、仲間たちは分かれた。
聖堂の奥、聖女の間へ通じる“禁域”への道が、今まさに開かれようとしていた。
「……ユリエル。お前は、そこにいるんだな」
ルークスは低く呟き、血に染まりゆく聖堂の床を踏みしめた。
夜明けはすぐそこにある。
だがこの血の幕開けが、王都にとって“救済”となるのか、それとも“更なる地獄”となるのか――
それを決する戦いは、すでに始まっていた。