第30話・第3節「真実の開示と群衆の反応」
神性機関の頂から続く中央通り。その先に位置する王都セリオネの象徴――《真聖堂》。
教会の力を体現する巨大建築の正面階段には、すでに数百人の民が集まりつつあった。
鐘の音は止み、混乱に揺れていた人々の耳に、奇妙な静寂が満ちていた。
その中を、ルークスたちは歩んだ。
傷ついた衣服、煤にまみれた顔、それでも彼らの足取りには迷いがなかった。
「……あれが、“異端の剣士”……」
「この前の震動も、あの男の仕業だって……」
「でも、本当にそうなの? 教会は何も説明しないじゃない……!」
市民たちの声がざわつく。
疑念、恐れ、わずかな期待――。そのすべてがルークスに向けられていた。
彼は一歩、真聖堂の石階段を踏みしめる。そして、堂前の台座へと立つ。
その背には、ミュリナ、セリナ、ジェイド、“囁かれし者”。すべての真実を知る者たちが並び立つ。
ルークスは、懐から一冊の黒革の書を取り出した。
「これは……“始源の聖典”。神から最初に与えられた、“本当の教え”が記された文書だ」
群衆の中に、驚きと疑念が走る。
「教会が配っている聖典とは違う。そこには、民を支配するために“選別と排除”の思想が刷り込まれている。だが、本来の教えは違った。すべての命が等しく、神のもとで生きるべきだと、そう記されていたんだ」
民のざわめきが大きくなる。
ルークスの声は、風を通じて広場の隅々に届いていく。
「これを否定したのが、“現在の中央教会”だ。彼らは《聖印管理機関》をつくり、力のある者を“神に選ばれし者”と偽り、そうでない者を“異端”として切り捨ててきた」
ジェイドがうなずき、聖印の複製図を掲げる。
「これが、王都で密かに運用されていた“聖印の等級制度”の証拠だ」
「私たちは、それを知った。だから、戦った。審問官と、偽りの神性機関と……すべての“作られた秩序”と!」
セリナが叫ぶように言い放つ。
その瞳には怒りではなく、希望の色が宿っていた。
ミュリナは一歩、前に出る。
「私は、元奴隷でした。でも、命を救われて、学んで、癒しの力を手にした。それは、“血筋”なんかじゃなかった。ただ、生きようとする意志の延長だったの……!」
彼女の声が、年老いた婦人の心を揺らし、商人の眉を動かし、少年の瞳を見開かせる。
「だから私は、もう怯えない。偽りの教えに従わない。“本当の信仰”を、生きる!」
その瞬間、どこからか拍手が起こった。
誰が最初に手を叩いたのか、わからない。だが、その音が伝播していく。
ひとつ、またひとつと、広場に拍手の輪が広がっていった。
「それでも、彼らを信じろというのか……!」
群衆の奥から怒声が飛ぶ。教会の役人か、それとも熱心な信徒か。
その男が前に進み出ようとした瞬間、別の男が立ちふさがる。
「信じるさ……俺は、教会に“癒し”を拒まれた娘を持つ。だが、この人たちは治してくれた。何の見返りもなく!」
「我々が信じていたのは、“神”だった。でも今わかる。信じるべきなのは、“人”だ!」
それは、新たな波となって広場を揺らした。
“囁かれし者”が静かに前に出る。フードを脱ぎ、素顔を晒した。
「私はかつて、中央教会の記録保管官だった。この真実に触れたことで、追放された。けれど、記録はここにある。文書も、証言も、全部持ってきたわ」
魔導投影石が起動し、空中に浮かび上がる過去の記録。
教会の内部で行われた“異端追放”の様子、聖印による差別、そして真の教義の断片。
人々の表情が変わっていく。
怒り、戸惑い、そして決意。
その空気を肌で感じながら、ルークスは一言、口を開いた。
「ここが始まりだ。俺たちは、争いを望まない。だが、偽りに沈黙することもできない」
「選んでくれ。真実を見たうえで、信じるに値するものを――君たち自身の意志で!」
空はもう、夕闇に包まれ始めていた。
それでもその場には確かに、灯が灯っていた。
それは、嘘で塗り固められた王都に初めて差し込んだ、“人々の意志”という名の光だった。