第29話・第3節「天蓋室と双極の邂逅」
大聖女ユリエルとの激闘を終えたルークスたちは、神性機関の制御権を得るため、“天蓋室”と呼ばれる最上層へと向かっていた。
そこは、王都のどの地図にも記されていない。王城の中心、空に浮かぶように構築された円環の聖堂。その存在を知る者は、教会の最上層と王家の血を引く者のみ。
「ここが……“天蓋室”……」
セリナが息を呑む。
白亜の空間だった。建築様式は古代神殿のそれに酷似しており、柱には星霊文字が浮かび、床は聖なる紋章で満たされている。その中央には、高さ五メートルはあろうかという巨大な玉座が鎮座していた。
そして、その玉座の前に――
「ようこそ、もう一人の“ルークス”」
黒衣を纏った青年が立っていた。
銀色の髪、深紅の瞳。構えた剣は、ルークスの“神滅の剣”と酷似しているが、その刃は漆黒ではなく、燃えるような“赫”だった。
「……お前が、“ルシファ=ルークス”か」
対峙する二人。
その姿は、まるで鏡合わせのようだった。だが、雰囲気はまったく違う。ルシファの瞳には迷いも怒りもなく、ただ、圧倒的な確信と覚悟だけが宿っていた。
「君がこの地に辿り着いたことは、必然だ。そして、ここで終わることも、また“定め”だ」
「定めなんざ、知ったことか」
ルークスは低く構える。
「俺は、自分の意思でここに来た。誰かに敷かれた“道”をなぞるつもりはない」
ルシファは微笑んだ。だが、それは哀しみにも似た表情だった。
「それは、かつての僕も思っていたことだよ。だが……この世界には“裁定”が必要なんだ」
「何が“裁定”だ。お前も、教会も、神性機関も……全部、“支配”って言葉を都合よく言い換えてるだけだろうが」
「……ならば、力で証明してみせてくれ」
ルシファは剣を構えた。
その瞬間、天蓋室全体が震え、天空から雷鳴が轟く。
神滅の剣に酷似したその刃が、紅蓮の雷をまとい、ルークスを射抜くように振り下ろされる。
「“断界・紅蓮ノ咆哮”――!」
空間が割れた。
凄まじい熱波と圧力。だが、ルークスも剣を交差させてその一撃を受け止める。
「お前の剣――俺の剣に、劣らねぇな……!」
二つの神滅因子がぶつかり合い、聖堂の床が砕け、柱が倒壊していく。
周囲の空間がひずみ、現実と幻が混ざり合う。
「この空間……“因果干渉結界”か!」
セリナが叫ぶ。
「二人の神滅因子が共鳴して、周囲の“時”と“記憶”を巻き込んでる……!」
「つまりこの戦い、“未来”すら塗り替えるってことか……!」
ジェイドが剣を抜こうとするが、ミュリナが制止する。
「ダメ……あの空間に触れたら、存在が崩壊する。これは、“二人だけの戦場”……!」
ルークスとルシファの剣が、何度も何度も交差する。
剣戟の一撃ごとに、世界が軋む。空が赤黒く染まり、足元の聖紋が砕け、神性機関から送られる魔力が乱流となって空間を満たしていく。
「どうして、そこまでして守ろうとする……!」
ルークスが叫ぶ。
「世界の形なんてどうでもいいだろ! お前が信じた奴が腐ってたって、やり直せばいいだけだ!」
だが、ルシファは静かに答えた。
「僕は知っている。“選ばれなかった者たち”が、どれほど無残に踏み潰されてきたかを。だから、次の世界は……“選ばれる者だけの楽園”にする。それが、この剣の使命だ」
その言葉に、ルークスの目が見開かれた。
「……お前、“前の世界”を知ってるのか?」
ルシファは微笑んだ。
「君はまだ気づいていないんだね。僕は君の“原像”――すべての始まりから選ばれ、神滅因子を宿した最初の存在。君は、その“写し”だよ」
世界が揺れた。
ルークスの中で、封じられていた記憶の断片が弾け飛ぶ。
赤い空。焼けた街。神の審判。剣を握った自分。そして、己を斬った“もう一人の自分”の影。
「……あの日、死んだはずの俺が……」
「君は、“再起動された僕”。そして、今この瞬間、君が僕を超えることで、初めて“神滅の運命”が変わる」
ルークスは唇をかみしめ、剣を構え直す。
「なら――超えてやる。過去も、運命も、お前自身も!」
「来い、“俺”!」
二人の剣が、今、運命を切り裂こうとしていた。