第28話・第4節「審問官の炎と神滅の刃」
灼熱の空間が広がっていた。
聖都の地下に広がる古代都市の残響――その中心部をまるで炎の神殿のように変貌させた張本人、焔の審問官フラム・アジャイルは静かに歩みを進めてくる。
「来い。君たちの信念が“本物”なら、この炎を超えてみせろ」
彼の周囲に旋回する“記憶の焔”は、現実と幻影の境界を曖昧にし、対峙する者に“過去”を見せつける。
ジェイドは歯を食いしばっていた。あの炎の中に、自身がかつて“手にかけた者”たちの顔が次々と浮かび上がってくる。後悔、罪、迷い。心を鈍らせる影が彼を押し潰そうとしていた。
「……くっ、こんな……!」
だが、その隣で、ルークスは剣を構えたまま、迷いもなく前に進んでいた。
「ルークス……?」
「“過去”は確かに重い。だが――それだけじゃ、俺は止まらない」
彼の全身から、蒼白い光が立ち昇る。それは神滅の剣の“第二解放”。神装の刻印が腕から胸、背へと展開し、空間を切り裂く斬気を生み出す。
「ミュリナ、ジェイド、セリナ――炎を断つまで、俺に触れるな」
その言葉に、三人は気圧されながらも頷いた。
フラムは眉一つ動かさず、手のひらを上げる。
「“裁定”――開廷」
炎の紋章が三重に展開され、空間そのものが裁判場に変貌する。天蓋には“過去の罪”が記録され、地に這う炎は“未来の可能性”を焼却する魔法構造――“審焔結界”。
「これは……ただの炎じゃない! 空間そのものが“概念化”されてる!」
セリナが悲鳴に似た声を上げた。
「全員が“罪あり”と判じられた者として裁かれる空間よ……この中じゃ、時間すら歪められる」
囁かれし者の言葉通り、ルークスの呼吸も、動きもわずかに遅れ始めていた。
だが。
「概念で縛るなら、概念ごと斬ればいいだけだ――」
ルークスは一歩踏み出し、剣を横薙ぎに振るった。
空間が悲鳴を上げるように軋み、結界の縁が裂けた。
「……“神域干渉”……!? 剣が……この空間の核にまで到達しているというのか……!」
フラムが初めて驚愕の声を上げる。
「そうだ。俺の剣は、“神すら斬る”と、そういう風に作られてるんでな」
瞬間、フラムの全身から“本炎”が解き放たれた。
「では……私も“本気”を見せよう。これはもう、“処刑”ではない。“対等な戦”だ」
赤黒い炎が空間全体を包み、フラムの姿が幾重もの焔の幻影となって襲いかかってくる。物理法則を無視したその動きに対し、ルークスは一瞬たりとも目を逸らさず、神滅の剣を振り続けた。
斬り裂くたびに、幻影が一つ、また一つと消えていく。だが斬るたびに、剣に宿る神気の反動がルークスの体を蝕んでいく。
「……限界、ギリギリだな……でも、まだ折れちゃいない……!」
ついに最後の幻影を斬ったその瞬間、真正面からフラムが突進してきた。
――灼光の審槌と、神滅の剣。
両者の一撃が交差し、衝撃波が天井を砕き、空間の概念を引き裂いた。
「――!!」
次の瞬間、二人は激しく吹き飛ばされ、結界が弾けるように崩壊した。
ミュリナが駆け寄ると、ルークスは地に伏せたまま息をしていた。
「……大丈夫、まだ生きてる……!」
そして対面の瓦礫の向こう、フラムもまた血を流しながら立ち上がっていた。
「……君たちの意思、しかと見届けた」
彼は剣ではなく、自らの足で後退した。
「私は“焔の審問官”としてではなく、個として君たちに興味を持った。……今はそれで十分だ」
そして炎に包まれ、彼の姿は掻き消えるように消失した。
静寂が訪れる。
焼け焦げた神殿跡の中央で、ルークスは深く息を吐いた。
「行こう……“真聖堂”へ。……今度こそ、本当の決着をつけに行く」
その声は、深く、揺るがぬ決意に満ちていた。