第28話・第2節「“十三階主”の正体と神滅の代償」
光の奔流が収まり、魔導兵たちの陣形が崩れた。
ルークスの放った一撃は、神滅の剣の力を限界まで引き出した斬撃だった。虚空を裂き、異空間への接続を一時的に断絶させるほどの威力。だが、その余波が彼自身を蝕んでいた。
「……っ……クソ……!」
膝をつく。掌からは煙が上がり、魔力回路が焼き切れそうなほどの熱を帯びていた。
「無理をしすぎた……っ!」
神滅の剣は“力の代償”を求める。使用者の魔力を糧に、その刃は“真理の秩序”をも斬り裂く。その代わりに、術者の精神と肉体に深い傷を残すのだ。
「ルークス! 無理しないで!」
ミュリナが駆け寄り、すぐさま治癒魔法を展開する。だが、彼女の治癒魔法ですら神滅の反動は完全には癒せない。
「これは……俺が選んだことだ。大丈夫だ、ミュリナ。まだ、やれる」
だがそのとき――
「……見事な一撃だった。だが、やはり“力”だけでは届かぬか」
闇の中から現れたのは、さきほど虚空門を操っていた“十三階主”の男だった。表面上の外傷はあるものの、その肉体は崩れていない。
「やはり“階主”の本体は……」
ジェイドが呟く。
「……転位複写か。あれは本体じゃない。あの男は“真十三階”に座す者だ」
“囁かれし者”が震える声で言う。
十三階主――その正体は、各階級ごとに存在する影の存在。彼らの本体は聖堂の“虚空位”と呼ばれる空間で維持され、現実世界に出現しているのはあくまで投影された“複写体”にすぎない。
「……つまり、この戦いは最初から“見られていた”だけってことかよ……!」
ジェイドが拳を握りしめる。
「お前たちの“行動原理”はすでに解析済み。真理に手を伸ばす者には、相応の監視と対価が課される」
男の言葉は静かだったが、そこには“絶対的な支配”の自信が滲んでいた。
「お前たちが手に入れた情報は、世界そのものの根幹に触れている。ならば、今後の行動すべてが“破壊因子”としてマークされる」
「だからなんだ……!」
ルークスが立ち上がる。足元はまだふらついていたが、瞳に宿る炎は消えていない。
「その根幹とやらが、腐ってるなら……壊すしかないんだよ」
静かな怒気が空気を震わせる。
だが男は一歩も動かず、ただ言った。
「壊す? 面白い。ではその覚悟が本物かどうか、試させてもらおう」
次の瞬間、彼の背後から数体の魔導兵とは違う“白銀の騎士”が転移して現れた。
「第七聖兵師団、“光耀の騎士”。聖都防衛用に作られた自律型の殲滅兵団……!」
セリナが青ざめる。
これまで戦ってきた魔導兵よりも数段上の存在。自我を持たず、戦闘最適化された超高位兵器だ。
「こいつらを抑え込んでいる間に……!」
ルークスが再び剣を構える――だがその腕が震えた。代償の影響は確実に進行している。
「無理しないで! 私が……!」
ミュリナが前に出る。だがその体格と魔力量では、時間稼ぎすら難しい。
「……いや、ここは引くべきだ」
不意に“囁かれし者”が呟いた。
「目的は“碑文の記録”だ。それさえ確保できていれば、真実を暴く準備は整う」
「でも――!」
「今、ここで全滅するよりも……その火を持って、外へ出る方が先」
ルークスは短く息を吐いた。そして、剣を下ろす。
「ミュリナ、ジェイド、セリナ。逃走経路を最短で確保しろ。“囁かれし者”――あんた、もうひとつの出口を知ってるな?」
「……南地下遺構に繋がる抜け道。封鎖はされてるが、魔力を一点集中すれば開くはず」
「なら、それを使う」
敵は時間稼ぎをしてくるだろう。だがこちらも、“すべてを明かす日”までの時間を稼ぐ必要がある。
「覚えてろ、“十三階主”。次に会うときは、お前たちの玉座を……俺がぶち壊す」
白銀の騎士たちが迫る。だがルークスたちは踵を返し、裏手の封印扉へと駆け出した。
“碑文”の記録を守るために。
“真理”を、世界に解き放つその時のために。