第27話・第2節「真聖堂潜入と機密の扉」
夜の帳が完全に落ちた頃、ルークスたちは王都中央にある“聖環広場”の地下へと潜入していた。
この地下は、かつて魔族との戦争の際に避難路として建設された迷路のような構造を持ち、今は教会がその一部を封鎖・改築し、“聖印管理局”の監視網の裏をかいくぐる数少ないルートとなっている。
「ここを抜ければ、真聖堂の西翼の奉神回廊に出る。中枢の“機密保管区画”へも繋がっているわ」
先導する“囁かれし者”の足取りは静かで正確だった。彼女の手には、古びた地図と、それに対応する“魔素方位石”がある。古代の魔導具だ。
「やけに詳しいな……まるでお前、以前にもこの中に入ったことがあるみたいだ」
ジェイドが囁くように言うと、彼女は僅かに口元を歪めた。
「正確には、“ここから出てきた”のよ。十年前、私はこの神殿で“聖女候補”として育てられていた。でも、見たの。……神託と称して実験される子供たちを」
ルークスは言葉を失った。
「私が逃げられたのは偶然。外に出た時、あの“偽りの聖典”を抱えていたから生き延びられたの。でも……この迷宮は、その頃と何も変わっていないわ。歪んだまま、教会の根幹に繋がってる」
暗く湿った通路を抜けると、巨大な礼拝の彫像群が並ぶ通路へと出た。そこはかつて魔法の儀式に使われた“神性封印室”で、今は機密区画に通じる唯一の前室となっていた。
「この先が“封印扉”だ」
ミュリナが息を呑む。
正面にそびえる重厚な扉は、魔法で封じられた六重結界に守られていた。複雑な魔法陣が壁から天井まで走っており、通常の術者では起動すら許されない。
「扉の開放には“始源の聖典”が必要。あの聖印が鍵になってる」
ミュリナは、慎重に聖典を広げた。ページに刻まれた“失われた聖語”が淡く輝き始める。
「――リュクス・セラフィア・アルグリア……」
静かな詠唱が空気を震わせた。
魔法陣が共鳴し、扉の封印が一層ずつ解除されていく。そのたびに響く低音は、まるで神の心音のようにも思えた。
だがその時――
「止まりなさい」
響いた声は、凍てつくほど冷たかった。
通路の奥、闇から姿を現したのは、白銀の鎧を纏った男だった。片手に聖槍、もう片方の目は聖光で覆われている。
「“聖印監査官”――クロイツ・レヴィン……!」
“囁かれし者”が顔を歪めた。
「我が名において問う。汝らは神の意志に背き、禁書を持ち出し、聖域を穢さんとする者か?」
男の声に感情はなかった。ただひたすらに冷たく、狂信的なまでに機械的だった。
「奴、もう“選別者”になってる……!」ジェイドが呟いた。
“選別者”とは、教会の奥で施される精神操作と魔印融合により、完全に信仰に染め上げられた戦闘狂。自我を捨て、教義の実現のみを目的とした対異端の最終兵器とも言える存在だ。
ルークスは一歩前に出た。
「俺たちは、真実を知り、それを伝えるためにここへ来た。ただそれだけだ。お前たちのような“歪んだ正義”に屈するつもりはない」
クロイツは一言も返さず、槍を構えた。
「来るぞ!」
雷のような一閃。聖光を纏った槍が、空間を抉るように突き出された。
ルークスは咄嗟に魔力障壁を展開し、相殺。
ジェイドが横から斬り込むも、クロイツの動きは一切の無駄がなく、槍で受け流される。
「……強い、けど……止められない!」
ミュリナが聖典を掲げ、封印解除の詠唱を続けた。
「もう少しだけ……!」
セリナが回復魔法を連打しながら、仲間の体勢を維持する。
“囁かれし者”は裏手から迂回し、神殿内の魔術制御符を破壊し始めていた。
──全ては、封印の奥にある“機密の扉”を開けるために。