第27話・第1節「進撃の決意と“真聖堂”への布石」
影の神殿を後にしたルークスたちは、夜の黒殻街を静かに歩いていた。
この闇の中、王都の光が遠く霞んで見える。煌びやかに灯る王宮の塔、礼拝堂から鳴る鐘の音。だがその裏には、燃えるような真実が隠されていた。
「これから、どう動く?」ジェイドが問いを投げた。
ルークスは立ち止まり、闇に溶け込むような視線を遠くの聖堂に向けた。
「“真聖堂”に入るには、王都内の中央層へ出なければならない。正面から行けば、聖印騎士団の検問がある。しかも、ミュリナと“囁かれし者”は指名手配されてる可能性が高い」
「それに……王宮直属の情報機関“月影の眼”が動き出してるって噂もあるわ」セリナが眉をひそめる。「潜入がバレれば、一瞬で囲まれる」
ルークスは短く頷いた。
「だが、正面突破だけが道じゃない」
その言葉に、囁かれし者が微笑を浮かべる。「……裏道を通るつもり?」
「そのために、お前と協力関係を結んだ。中央教会の構造、裏路地のルート、王都の中枢に通じる地下通路。すべて、そちらのネットワークが握ってる」
「なるほど。じゃあ……“契約”する?」
囁かれし者はそう言って、ルークスの前に小さな短剣を差し出した。柄には“影の刻印”が刻まれており、これは黒殻街での信頼を証明する“誓印の刃”だった。
「血を交わせば、私の庇護下に入る。それがこの街の掟よ。王都の者たちには嫌われてる儀式だけど……それでも、絆を証すには一番確か」
ルークスは一瞬の躊躇もなく指先を切り、その刃に触れた。血が吸い込まれ、短剣がかすかに輝く。
「これで、互いに裏切らない証だな」
囁かれし者も同じように血を流し、刃に触れる。すると、街の奥から複数の影が現れた。漆黒のローブを纏い、目元を覆った者たち――黒殻街の情報網を担う“影の同盟者”たちだった。
「ルークス。君と君の仲間は、今から我々の“同胞”だ。情報も、ルートも、全て共有する。ただし……ひとつだけ条件がある」
「条件?」
「“真聖堂”への突入は、君たちが先行してくれ。私たちは影から支援に回る」
ルークスは黙って頷いた。
――先鋒を担う。命を懸けて、敵の牙の中に突っ込む。
だが、恐れはなかった。むしろ、その“死地”こそが、自分たちの力を証明する最も正確な舞台になると確信していた。
翌朝。
王都中心区へ向かう地下通路の前で、ミュリナが深く息を吸った。
「いよいよ、ですね……」
その手には“始源の聖典”が握られていた。魔力がわずかに漂い、まるで彼女の意志に呼応するかのように微光を放つ。
「大丈夫だ、ミュリナ。お前はもう、逃げていた少女じゃない」
ルークスは微笑みながら、彼女の肩に手を置いた。「あの聖典を、信じてくれる人に届けよう。それが、すべての始まりだ」
「……はい」
その横で、ジェイドが軽く剣を抜いた。「出番が来たな。俺は暴れる準備、できてるぜ」
「慎重にいきましょう」セリナは冷静に呟きながらも、手には回復魔法を込めた札を用意していた。
ルークスは最後にひとつ、腰のポーチを確認した。中には“影の神殿”で入手した機密文書と、王都の地図。
それらを胸元に収め、彼は仲間たちを振り返る。
「行くぞ。“真聖堂”へ。偽りの教義を、正すために」
誰も言葉を返さなかった。ただ、すべての視線が彼の背に集まり、確かな決意の空気が流れた。
そして彼らは、静かに扉を開けた。
闇の中に差し込む一筋の光。その先には、王都最大の要塞、“聖印の牙”と呼ばれる真聖堂の姿が、ゆっくりと、だが確実に近づいていた――。