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第26話・第3節「影の神殿と虚偽の聖典」

黒殻街の一角に、人々すら近寄らない区域がある。

 瓦礫に覆われた廃寺。だがその地下には、王都の支配層さえ知らない“禁忌の神殿”が存在していた。


 「ここが……“影の神殿”……?」


 ルークスたちは“囁かれし者”に導かれ、古びた祭壇の前に立っていた。まるで空間そのものが歪んでいるかのような重苦しい空気が、皮膚の下まで入り込んでくる。


 ミュリナは思わず息を呑んだ。

 祭壇には、一冊の古書が鎮座している。それは黒革に包まれ、縁は金属で補強されていた。中央には見慣れた“聖印”が刻まれている――しかし、それは教会が配布する聖典とはまるで異質なものだった。


 「これは……?」


 「“始源の聖典オリジン・コード”。教会が秘匿し、改ざんした前の……“真の教義”が書かれている文書よ」


 “囁かれし者”の声は低く、しかし震えていた。

 「この聖典には、かつて神から人類へ与えられた“自由と共存”の教えが刻まれていた。だが今、表の教会が広めているのは、“支配と選別”の教義。……まったくの逆よ」


 ルークスは眉をひそめ、古書に手を伸ばす。その表面に触れた瞬間、彼の中に光と闇が混ざり合ったようなビジョンが流れ込んできた。


 ――神は言った。「すべての命に等しく光を与えよう」と。

 ――だが、ある者が言った。「その光は愚者にも届く。選ばれし者のみに絞るべきだ」と。


 「これが……“原初の分岐”か」


 「ええ。教会が魔族との大戦後に宗教権力を掌握したとき、この文書の内容をもとに一部だけを切り出し、都合よく“選民思想”へと変質させたの。真理はねじ曲げられ、力なき者は“信仰を持たぬ異端”とされた」


 “囁かれし者”の背後、神殿の壁には無数の焼け焦げた跡が残っている。

 それはかつて、ここで行われた粛清の名残だ。


 「この場所は、かつて本物の聖女と信徒たちが隠れ住んでいた神殿。だが教会はここを“魔族の拠点”と断じ、聖火で焼き払った」


 「……なら、俺たちは……この真実をどう使う?」


 ルークスの問いに、“囁かれし者”は静かに聖典の奥を開いた。


 「ここには、王都の“聖印管理機関”の設計図と、中央教会が隠蔽してきた“異端追放者リスト”がある。それらは確たる証拠になる」


 「つまり、教会の偽善を暴く材料か……」


 ジェイドが呟く。

 「ただし、それを公表するには“伝える場”と“守る力”が必要だ。表舞台に出た瞬間、我々は“教会に対する反逆者”として、全王国から狙われることになる」


 「もう、引き返せないってことね」


 セリナが小さく笑う。だが、その瞳には覚悟の炎が宿っていた。


 「私は……もう一度、人を救うために聖女として立つ」


 ミュリナが、聖典のページをそっと撫でながら言った。


 「偽りではない、本物の教えを伝えるために」


 その姿を、ルークスはしばし見つめた。

 彼女の背にはもう、かつての怯えも迷いもない。あの日、彼女が森の中で怯えていた少女とは、もう別人だった。


 「行こう。王都の中心、“真聖堂”へ」


 ルークスの声が響く。


 それは、全ての核心へと至る戦いの始まりを告げるものだった。


 背後では、影の神殿の灯が静かに揺れていた。

 あの日の聖女たちの魂が、彼らの決意を静かに見守っていたかのように――


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