第24話・第3節「帰還、そして崩壊する記録空間」
幻像の魔王が咆哮を上げると同時に、記録空間の地面が軋むように揺れた。
巨体は全身を黒き霧で包み、赤い魔眼が空間全体を睥睨する。その眼差しには感情の欠片もなく、ただ『滅するべき対象』を判別しているかのような冷酷さがあった。
「……やるしかないか」
ルークスは小さくつぶやき、剣を構えた。身体を包む魔力は、先ほどの記録核固定により枯渇しかけていたが、それでも瞳には決意が宿っている。
「無茶だ! ルークス、今のお前は――」
ジェイドの制止も届かぬまま、ルークスは踏み出す。その一歩は、ただの足運びではない。全身からほとばしる意志が、空間そのものに干渉する。
「――《魔剣顕現・転相陣》!」
彼の右手に握られた剣が光を放ち、瞬時に三つの属性を宿す。炎、雷、そして重力。それらは連続的に刃を包み、軌跡すら視認できない速度で斬撃を放つ。
だが、幻像の魔王は微動だにしない。影の腕を地面から生み出し、触れた全てを飲み込むような動きで応戦してくる。
「この影……触れれば終わりか」
斬撃を放ちながら、ルークスは冷静に分析していた。幻像とはいえ、この存在は『本物に限りなく近い』。記録核が提示した真実である以上、その強さもまた実体に基づいている。
セリナとジェイドも魔法で援護を開始し、ミュリナは治癒魔法でルークスの負傷を支える。しかし、それでも状況は徐々に不利になっていった。
幻像の魔王は戦いながらも、記録空間そのものを崩壊へと誘導している。
「見ろ、上空……空間の層が、剥がれてる」
セリナの指摘通り、天井と思われた箇所が裂け、外側の“虚無”が姿を現していた。
「このままでは全員巻き込まれる……!」
焦燥が広がるなか、ミュリナがふらつきながらルークスに駆け寄る。
「お願い、ルークス……私を信じて」
「え……?」
ミュリナは震える手で自分の胸元を押さえ、そこから淡い銀色の光を取り出した。彼女の加護――いや、“かつて聖女と呼ばれた”彼女が失ったはずの力、その欠片だった。
「私は……ここで、すべてを思い出したの。この記録空間が、私の記憶と深く繋がっていることを」
彼女の声に導かれるように、ルークスは剣を下ろした。
「記録核を安定させた時、私は……魔王に殺された世界の、残された想いに触れた。彼が失ったもの、私が失ったもの……それらが、この空間に残っていたの」
ミュリナはその光を記録核に向かって放った。すると、幻像の魔王の動きが一瞬だけ止まる。
「今だ、ルークス!」
セリナが叫び、ルークスは全魔力を一点に集中する。
「――《断界穿斬・終式》!」
放たれた一閃は、幻像の魔王を貫き、黒き影を霧散させる。直後、記録空間全体が収縮を始めた。
「空間が……崩れる!」
ジェイドの叫びとともに、全員が中央の記録核へと引き寄せられていく。
「今度こそ、本当に帰還するぞ!」
ルークスが叫び、ミュリナの手を握る。その手は震えていたが、確かに力強かった。
「一緒に行こう、ミュリナ。もう、君をひとりにはしない」
眩い光が彼らを包み込む。
次に目を開けたとき、そこは――静寂に包まれた、かつての廃墟の一角だった。