第24話・第1節「暴走記録空間と“幻像の戦士”」
記録の回廊が開かれたその瞬間、世界の構造が反転した。
重力の感覚が狂い、上下も定かでなくなる空間に、ルークスたちは飲み込まれていた。地面は黒曜石のように硬く、だがそこには星々の軌跡のような記録魔術の線が走っている。壁の代わりに、時間そのものを映し出すかのような“記憶の幕”が揺れていた。
「ここが……“記録の暴走空間”か……!」
セリナの声が震える。彼女の未来視は役に立たなくなっていた。時間の流れが多重化しているのだ。
「視えない……未来が、重なってる……!」
ミュリナが焦りの色を浮かべながらルークスを見た。その瞬間、闇の中から音もなく現れた影――全身を黒曜の甲冑で包んだ戦士が、無言でルークスに剣を振り下ろす。
「来たか、“記録型の戦士”!」
ルークスは即座に体をひねり、相手の一撃を紙一重でかわす。反撃に剣を振るうが、手応えがない。
「……攻撃が通らない? 記録体だからか?」
「待って、ルークス! この空間では……“物理的な因果”が機能してないの!」
ミュリナの叫びに、ジェイドが解析を始める。
「記録干渉……この空間における実体化は、意志の強度に比例している。つまり、“記録を信じ込んでるもの”ほど現実になる」
「……信念の強さが、存在を成立させる……!」
ルークスは目を閉じ、深く息を吸った。
――自分は、誰かの記録じゃない。
――自分は、自分の足でこの世界を歩いてきた。
「……そうだ。俺は、俺の意志でここにいる!」
次の瞬間、彼の剣が淡く光を帯びる。記録空間内で“自己認識”が確立されたことで、干渉力が発生したのだ。
「通る……!」
再度迫ってきた幻像の戦士に、ルークスは剣を叩きつけた。
斬撃が命中し、記録の戦士は霧のように崩れた。
「やった……!」
ミュリナが歓喜の声を上げるが、すぐに次の戦士が現れる。
それは一体ではない。左右から、十数体の幻像が迫ってくる。
「来るぞ、構えるんだ!」
セリナが叫び、魔力障壁を展開する。しかし幻像たちの攻撃は重く、障壁はすぐに軋みを上げた。
「私が時間を稼ぐ。ルークス、もっと深く……“この空間の構造”そのものを掌握して!」
「了解……!」
ルークスは目を閉じ、“記録核”との接続を試みた。
そのとき、彼の意識は再び“回廊の中央”へと誘われていく――。