第23話・第3節「迫る包囲と“最初の記録の回廊”」
夕刻。
《フィリスの環》を包む空が、異様な色に染まり始めていた。
青と紫の間に、滲むような金色の筋。
それは、空そのものが“記録の書き換え”に晒されている兆候だった。
「……もう、“記録核”が影響を及ぼし始めてる」
セリナが、広がる空を睨みながら言った。
「未来の“構造”が変化してる。“視えたはずの出来事”が、上書きされていく……」
「急がないと……“この空間”自体が“別の記録”になってしまうわ」
ミュリナの言葉に、ルークスは頷いた。
「“最初の記録の回廊”……祠の裏にある“神殿跡の地下層”。そこが“記録核”の発端だ」
ジェイドが周囲の魔力構造を解析しながら告げる。
「三陣営も来てる。“教会”は上空からの封印魔術、“商会”は東からの強行突破、“ギルド”は西の情報収集ルートだ」
「挟まれる前に、回廊に入るしかないな」
ルークスが剣を腰に収め、駆け出そうとしたその瞬間だった。
「“確保対象、確認。作戦行動を開始する”」
空から声が降ってきた。
断章商会の制圧部隊――
翼型の魔導装置を背負った兵士たちが、高空から滑空しながら着地する。
「退路封鎖完了。記録核の確保を開始する」
「くっ……来るぞ!」
ジェイドが迎撃魔法を展開、ミュリナが即座に治癒結界を張る。
だが、商会側の一人――白衣の女魔導士が、詠唱なしで魔力の波を叩きつけた。
「……この反応。君がルークス=ノードだね。“記録核の器”……興味深い構造だ」
「お前は?」
「“構造観測術士・イーディア”。君の記録、“開かせてもらうよ”」
その瞬間、空間が歪んだ。
“観測者による干渉”によって、ルークスの中の記録核が外部に“露出”しはじめる。
「ルークスさん、だめ! あなたの“記録”が引きずり出されてる!」
ミュリナの叫びと同時に、空間が砕けた。
──祠の奥、封印されていた“最初の記録の回廊”が開いた。
そこは、石造りの柱廊が続く空間。
空間そのものが“記憶を語る”ように、壁面に幻像が浮かんでいる。
「……これは、“記録そのものが生きている空間”……?」
セリナが目を見開く。
回廊の中央には、“神の影”が立っていた。
それは明確な形を持たないが、誰もが“そこに存在している”と認識せざるを得ない“何か”。
《──記録、観測者を識別。継承構造、変質中。起源点を開示》
“それ”が言葉にならない音を発した瞬間、ルークスの内側が燃え上がるような熱に包まれる。
「──ッぐ……!」
膝をつくルークスを、ミュリナとセリナが支える。
「ルークス! だめ、これ以上は……!」
だが、その時。
商会のイーディアが無理やり干渉を続けた。
「“記録核”、暴走を開始……!」
その瞬間、空間全体が明滅し始めた。
“過去”と“現在”が交差し、“記録そのもの”が暴れ出す。
次の瞬間、石柱が崩れ、幻像の中から“かつての神殿兵”と思しき記録型存在が実体化する。
「ルークス、ここで止めなければ、すべてが“改竄”される……!」
セリナが叫ぶと同時に、ルークスは立ち上がった。
「だったら俺が、“記録を守る”……!」
その声と共に、剣を抜く。
──記録核が共鳴し、“原初の記録”が開く中で。
ルークスは初めて、“改竄ではない意思”による戦いへと踏み出す。