第23話・第1節「揺らぐ空、動き出す陣営」
記録の祠から出た後も、ルークスの身体には微かな異変が残っていた。
体の中心部──心臓の奥に、熱でも冷気でもない“波”のようなものが流れている。
それはまるで、“何か別の意志”が静かに脈動しているような奇妙な感覚だった。
「ルークスさん、顔色……よくないです」
ミュリナが心配そうに覗き込む。
「平気だ。ただ……身体の内側に、別の何かが“目覚めかけてる”のを感じる」
「たぶん、“記録核”の活性。あなたの意志と同調して、“再生”を始めたのかもしれない」
セリナの声にも、いつもの鋭さと別に、どこか迷いが混じっていた。
「……でも、“視え方”が変わった。未来が重なってる。“今”の延長上じゃなく、“どこか別の記録”が干渉してきてるみたい」
その言葉と同時に、空にわずかな揺らぎが走った。
フィリスの環を取り巻く大気が、一瞬だけ波紋のように揺れる。
──それは、周囲の魔力構造が変化しつつある前兆だった。
その頃、《フィリスの環》から南に数キロ離れた森の中、別の一団が動いていた。
黒装束の数名が、魔力探知機を手に無言で進む。
その中心にいたのは、断章商会の中枢戦術部隊“第五観測隊”。
リーダー格の女魔導士は、淡く銀色の仮面をつけ、静かに言葉を紡ぐ。
「記録核の共鳴反応、確定。“実働標的”はルークス=ノード。現在座標、北東32、標高帯クリア」
「“回収対象”に昇格済み?」
「ええ。……そして、上からの通達。“生存は任意”。記録核が優先」
その命令に、部隊全員が淡々と頷いた。
そのさらに北方では、王国教会の儀式部隊が、《聖封列》と呼ばれる制圧結界の準備に入っていた。
「かつて神の力が地に戻った地に、“再び神を封じよ”。──これは聖務である」
そして西からは、学術ギルドの特別観測隊が気配を消しながら進軍を開始していた。
「……記録を“管理”する者として、介入は最小限に。だが、“喪失”は避ける。そうあれと、知の誓約は言う」
──三陣営が、再び交差しようとしていた。
一方その頃、ルークスたちは山の上部にある避難用の洞窟に拠点を移していた。
「……間違いなく、誰かが“接近”してる。しかも同時に複数方向から」
ジェイドが地図に目を走らせながら警告を発する。
「この地はもう、“記録の保管庫”じゃない。“記録を持つ者”を巡る“戦場”になるぞ」
ルークスは剣の柄に触れながら言う。
「……避けられないなら、動くしかない。先に“記録核の次の反応点”を押さえる」
「祠の奥にあった記録装置が、“最初の回廊”へのアクセスを示してた。“記録核が刻まれた原初の空間”がそこにある」
「急がないと、“記録の暴走”が始まる可能性がある。今はまだ“揺らぎ”で済んでるけど……それ以上になると、“意志の交差”が“災厄”に変わる」
セリナの声に、全員が静かに頷いた。
「なら、急ごう。……次は、“記録に選ばれる前に、選びにいく”」
ルークスの言葉に、誰も異論を挟まなかった。
その刹那、洞窟の入口で“魔力の震え”が響いた。
──敵が、もうそこまで来ている。