第22話・第3節「記録の守護者と“起源の欠片”」
“祠”と呼ばれる空間に足を踏み入れた瞬間だった。
空気が変わった。
音が沈み、世界そのものが耳を澄ますように静かになった。
「……これは……生きてる?」
ミュリナが呟く。
彼女の足元に浮かぶ魔術紋が、彼女の魔力に応じて音を奏でていた。
祠の中央には石碑があった。
いや、“声を記録するための器”――かつて神々が“音で記録を刻んだ”という、神代の遺産だった。
「音が……重なってる。何重にも……“意志を織るように”」
セリナが祠に近づいたとき、空間に“少女の姿”が浮かび上がった。
それは魔力の粒子で構成された、“実体を持たない存在”。
しかし、その眼差しは明確な意思と“懐かしさ”を宿していた。
《ようやく……来てくれたのね。ルークス》
「……俺を、知っているのか?」
《“あなたの中にある記録”が、私を呼んだ。……私はこの祠の記録を守る“共鳴体”。音に残された記憶の意志》
少女は静かに宙を舞うように歩き、石碑の前に立った。
《この場所は、“記録を音で紡ぐ民族”がかつて住んでいた場所。彼らは“声の魔力”で時を綴り、想いを残した》
《でも、ある時から、“記録そのもの”が“意志を持ち始めた”の。あなたのように》
ルークスは一歩踏み出す。
「……“記録が意志を持つ”ってどういう意味だ」
《“記憶の媒体”が、自身の在り方に疑問を持ち、自分自身を語ろうとしたのよ。あなたは、その系譜に連なる存在》
ミュリナが息を呑む。
「ルークスさんが、“記録の媒体”……?」
《正確には、“旧世界の欠片”があなたの中にある。……それは“神代の意志”と“人の選択”が交差する場所に生まれた“記録核”》
《あなたが生まれる以前、“あなたの記録”は既に始まっていたの》
セリナが震える声で言う。
「……視えた。彼の内に、“断片化された記録”がある。“幾千の時代”の先から“今”を選んできた意志……!」
《あなたの中には、“未来の記録”も、“過去の記録”も混在している。だから、あなたは視えるの。どの時代にも属さない、“境界の存在”として》
ルークスは、その言葉を静かに受け止めていた。
「……なるほど。だから俺は、常に“記録に導かれるように”生きてきたのか」
《でも、それはあなた自身の“選び直す力”を奪うものではない。記録とは、“過去を縛るもの”ではなく、“未来を綴る可能性”でもある》
少女の手が、ルークスの胸元に触れるように差し出される。
《今、あなたに問う。“あなたの中にある記録”を、あなた自身の意思で引き継ぎますか?》
「……答えは一つしかない。“誰かが書いた過去”に生きるつもりはない。俺は俺の意思で、“これからの記録”を選ぶ」
その瞬間、空間に音が鳴り響いた。
深い鐘の音のようであり、命の鼓動のようでもあった。
石碑に新たな文字が刻まれる。
それはルークスという存在が“記録の継承者”として認められた証だった。
《あなたの記録は、もはや“受動の器”ではない。……“記す者”として、次なる記録へ進んで》
少女の姿が光に溶け、祠に静寂が戻る。
だが、その光景を、遠く崖上から“仮面の女”が見つめていた。
「……記録を継いだのね、“ルークス”。でも、あなたはまだ気づいていない。“誰の記録を継いでいるのか”を」
彼女の瞳に映るのは、決意と、静かな哀しみだった。