第22話・第2節「フィリスの環──封じられた神代の遺構」
朝霧の立ち込める中、ルークスたちは《フィリスの環》の外縁部に到達した。
眼前には巨大な環状山脈。
その中央に口を開ける“神の階”と呼ばれる断崖が、空へ向かって螺旋を描いていた。
「……ここが、“人と神が共に在った場所”……」
ミュリナの声には、祈りに近い響きがあった。
空気は異様なまでに静かだった。
鳥の声も、虫の羽音も、すべてが“聴くことを止めている”かのように沈黙していた。
「音が……吸われてる?」
セリナが周囲に耳を澄ませながら言う。
「この山域全体が、“音律魔術”のような構造になってる。……魔力の波動が、反響じゃなく“共鳴”してるの」
「つまり、“意志を持った音”がここにある」
ルークスがそう言ったとき、谷底からゆっくりと風が吹いた。
その風には、確かに“音”が混じっていた。
歌のようでもあり、遠い誰かの呼び声のようでもあった。
──そのとき。
「誰か、いますかーっ!?」
崖下から叫ぶ声が届いた。
振り返ると、崖沿いに作られた細い山道から数人の影が駆け上がってくる。
「……ギルドの調査隊?」
先頭に立っていたのは、短めのローブにゴーグルをかけた考古術士の青年だった。
「助かった! まさかここで他の調査者と会えるなんて。……わたしたち、隊の主力と逸れてしまって」
彼は名をラウズと名乗り、ギルドの“神話期記録特別調査班”の一員だった。
「遺構の外縁で、“音響干渉”にやられた仲間が出てね……。この地は“魔力そのものが楽器”なんだ」
「魔力干渉……それも、無意識的な共鳴構造。つまり“奏でる意志”を持たなければ、音が制御不能になる」
ミュリナが一歩前に出て、落ち着いた声で言う。
「この先に進むなら、誰かが“調律の軸”を担う必要がある。……わたしにやらせてください」
「でも、そんな負荷……」
ラウズがためらうが、ミュリナは首を振る。
「私の“癒し”は、“音に触れる力”。だからこそ、“共鳴を正す”ことができる」
ルークスは彼女を見つめてから、深く頷いた。
「なら、俺たちは“道を切り拓く”。セリナ、先行する“視え方”を頼む。ジェイド、周囲の防御展開を」
「了解」「任せろ」
こうして、ルークスたちはラウズの一行とともに“神代の道”へと踏み込んでいった。
その先には、かつて“記録を音で語り継いだ”民族の祠があり、彼らはそこで“最初の共鳴”を迎えることになる。