第21話・第3節「意志の継承と分岐」
静寂のなか、光の中心から“存在”が現れた。
それは人の姿に近いが、身体は半透明の光で構成されている。
遺構の意志体──記録を守る“監視者”だった。
「記録の書架は、動かされた。“意思の記述”が挿入された今──次の問いを投げかける」
その声は、響くのではなく、胸の奥に落ちるような静かさだった。
「この世界に必要なのは、“統制”か、“選択”か」
空気が張り詰めた。
それは単なる問いではなかった。“継承の最終条件”に関わる審問だった。
最初に答えたのは、王国教会のマレリオだった。
「我らは“統制”を選ぶ。過去が暴走を許したのは、力が制御されなかったから。信仰とは、指針であり枷であるべきだ」
次に口を開いたのは、断章商会のカエルス。
「我々は“選択”を求める。だがそれは“限られた者にだけ与えられる選択肢”だ。“力なき者”が選んだ先に、意味はない」
リセルが淡く首を振る。
「知識は中立だ。“選択”も“統制”も、使う者によって変わる。我々はただ、全てを残す。それが答えだ」
──そして、ルークス。
彼は前へと歩み出た。
「俺は、“選ぶ自由”を信じたい。たとえそれが、過ちを含むとしても、“選ばれた統制”じゃない。“選び続ける意志”を持つ者こそが未来を変えられる」
「人は、完璧じゃない。だが、完璧じゃないままで生きていくことに、意味がある。……俺はそう信じてる」
監視者はしばらく沈黙し、やがて言葉を紡いだ。
「統制は確実を約束する。選択は不確実を肯定する。
だが、“揺らぎ”こそが、この世界における進化の証左であるとするなら──」
空間が軋み、遺構そのものが震えた。
「“記録継承”──仮承認。君たちの意志は、完全な答えではない。だが、“問いを持つ者”として、十分な価値がある」
次の瞬間、光の柱が空間の中央に立ち昇った。
セリナがそれを見て、声を上げる。
「……座標が……! 新しい“遺構の座標”が、示されてる!」
それは、遥か西方。
かつて神話時代の“禁域”と呼ばれた地──《フィリスの環》を示していた。
「“次の記録”が、そこにある」
監視者の身体が徐々に崩れていく。
「私はここまでだ。“記録を守る者”として、君たちのような“不完全な継承者”を迎える日が来るとは思わなかった」
「だが、世界は繰り返す。“正しさ”を信じる者たちが、“正しさ”を重ねて滅びてきた」
「だから今、“不確かな者たち”に未来を託そう」
そう言って、光は完全に消滅した。
空間が閉じていく。
四人は、静かな呼吸を交わしながら、再び扉の前に立っていた。
「……認めたくはないが、お前の意志は、“重み”を持っていたな」
マレリオが口を開く。
「だが教会は、これからも統制を掲げて進む。──それでも、“敵”ではないと信じたい」
リセルも歩み寄ってくる。
「次の座標、《フィリスの環》についてギルドが持つ記録は少ない。でも、協力できる範囲で資料を送るよ。……君たちの“記録”が、未来に続いてるなら」
カエルスだけは、背を向けていた。
「ルークス。次は“敵”として会う。だがそれは、“互いの意志”を賭ける戦いだ」
「その時が来たら、逃げるつもりはない。……ただし、全てを選ぶのは俺自身だ」
カエルスは一瞬だけ立ち止まり、微かに笑った。
「……なら、それでいい」
彼の姿が霧に溶けて消えた。
──こうして、ルークスたちは“継承者”としての第一歩を踏み出した。
だがこれはまだ、始まりにすぎない。
“記録の意味”を知った者たちの旅が、次なる“遺構”へと続いていく。