第21話・第2節「継承空間・記憶の書架」
遺構中枢の扉を越えた先、四者を包み込んだのは──“光のない世界”だった。
まるで虚空に浮かぶような感覚。
地も空もない空間に、ただ“無数の記憶”が書架のように積層していた。
「……これは、記録か? それとも……記憶そのもの?」
ルークスの問いに、空間が静かに反応した。
《ここは、過去の蓄積。“記録された世界”の断片。各継承者に応じて、異なる“映像”が提示されます》
その言葉と同時に、光の帯が浮かび、四方向に分岐していく。
各陣営代表の足元に、それぞれの“過去”を映す舞台が展開されていった。
──王国教会。
マレリオの前に映し出されたのは、かつて“神託の歪曲”により、異端として排斥された少女の記録。
《神の名のもとに、その奇跡は否定された》
《なぜなら“教会に都合が悪かった”から──》
「……違う。我々は、秩序を守るために……!」
声を上げたマレリオに、幻影の少女が微笑みを向ける。
《ならば、今問います。“あなたはその秩序に、今も従いますか?”》
──断章商会。
カエルスの足元に浮かんだのは、かつて“構成者”たちが暴走し、人の形を保てなくなった実験体たちの映像だった。
《彼らは“選ばれなかった”のではない。“捨てられた”のだ》
カエルスの拳が震える。
「……それでも俺は、今ここに立っている。だから、あの日を否定しない」
《それが、君にとっての“意志”ならば──記録は残されるだろう》
──学術ギルド。
リセルの前には、“知識の独占”によって、かつて滅びた都市国家の記録が映る。
《求めたのは“知の保全”だった。だが、それは“民の排除”を意味していた》
「……知識は、誰かが背負って初めて意味を持つ。“持つために隔てた”ことは、否定されて当然だ」
──そして、ルークス。
彼の前には何も現れなかった。ただ、空虚な静寂が続いた。
「……なぜ、俺には何も?」
そのとき、ミュリナとセリナが駆け寄ってくる。
「ルークスさん。わたしたちの視界にも“映像がない”。……でも、代わりに“この場所の魔力”が、あなたに反応してる」
「まさか……“これからの記録”を?」
セリナがそう口にしたとき、空間の中心に一本の“白紙の書”が浮かび上がった。
《あなたに求められるのは、“過去の記録”の理解ではない。“未来の記録”を書く意思です》
ルークスは、ゆっくりと手を伸ばした。
ミュリナの“癒しの魔力”が彼の背を支え、セリナの“未来視”が白紙に光を灯す。
ルークスは静かに言う。
「俺は、過去を否定しない。だが、それに縛られて未来を歪めることも、認めない」
「記録は、残すためだけのものじゃない。“そこから何を選ぶか”。それが今の俺たちの役目だ」
その瞬間、空間に音が鳴った。
記憶の書架が震え、一本の白紙のページが風にめくられていく。
《“現在の記録”、挿入完了──継承空間は、次の選択へ進みます》
仲間たちが並び立つ。
マレリオは言葉を失いながらも、白紙に刻まれた“現在”の一節を見ていた。
カエルスは無言で、その書を見上げる。
そして、リセルはぽつりと呟く。
「“選んだ記録”は、誰のものでもない。“その場にいた者全員”の記録になる……か」
空間がゆっくりと閉じていく。
だが、扉の奥に見える新たな座標が、次の道を示していた。