第20話・第3節「集いの刻、三つの意志」
峡谷の空気が一変したのは、カエルスとルークスの剣が交差した瞬間だった。
金属音はなかった。
魔力の衝突が空間ごと削り取り、周囲の霧が一瞬にして吹き飛ぶ。
「……この剣気。もはや“斬る”というより、“拒む”力だな」
「お前の構成式こそ、“閉ざされた力”だ。“従属を強要する構造”に過ぎない」
ルークスとカエルスの攻防は、わずか数手で終わった。
どちらも“探る段階”に過ぎず、“決着を望まぬ刃”だった。
しかし、両者が後退した次の瞬間──地響きが響いた。
「魔力振動値、臨界超過! 峡谷内部で“遺構起動反応”確認!」
叫んだのは、観測機を構えていたセリナだった。
峡谷奥深くに埋もれていた“魔導遺構”が、彼らの戦闘と魔力干渉によって自動起動を始めたのだ。
「くそ……タイミングが早すぎる。まだ核に近づいてもいないのに──!」
そのとき、東方からの轟音。
王国教会の騎士部隊が、金属鎧を鳴らして進軍してきた。
「汚れし力の解放、神の名のもとに封ず!」
「来たか、教会の軍勢……!」
ルークスは即座に戦線の整理にかかる。
だが、さらに北側から別の一団──学術ギルドの魔導兵たちが現れる。
彼らは“知識の保全”を掲げ、過去の遺構を守るために動いていた。
「戦うつもりはない。だが、核を破壊するなら容赦はしない」
──峡谷に、三つの旗が揃った。
王国教会:神託と封印を掲げ、“魔力の制御”を掲げる聖域の守護者。
断章商会:“選ばれなかった力”を武器に、“人による再構築”を目論む者たち。
学術ギルド:記録と知識を重んじ、“真理の解明”を目的とする探究者たち。
そして、そこに立つルークスと仲間たち。
「俺たちはどこにも属さない。だが、世界に関わる覚悟だけはある」
言葉と共に、ルークスは剣を地に突き立てた。
「この場を“戦場”にしたくない。“理解”から始められないか?」
ミュリナが、結界を張りながら言う。
「せめて、今だけでも──“対話”の余地を残して!」
セリナが、霧の流れを制御しながら各陣営の動向を視ようと試みる。
「まだ大規模な衝突には至ってない。今なら、“最悪”を避けられる!」
だが、すでに暴走を始めた遺構が、それを許さなかった。
「……遺構核、外郭起動。自律防衛機構、展開開始!」
峡谷の中心──岩肌が裂け、そこから巨大な“ゴーレム型魔導兵”が起動する。
全長五メートル超。帝国時代の“防衛遺産”であり、対多数戦闘用に設計された自動戦闘兵器だった。
「まさか……まだこんなものが残っていたとは」
王国教会の騎士団が構えを取り、商会の兵士が魔力を込め、ギルドの観測者が防御式を展開する。
「──全陣営、局地防衛行動に入る!」
もはや、戦いを避けることはできなかった。
だが、ルークスは叫ぶ。
「この敵は“誰の敵でもない”。なら、一時的にでも“同じ側”に立て!」
「“意思の異なる者たち”でも、“共に立てるか”が、今試されている!」
ルークスが指揮を執る。
ギルドの防壁に、教会の結界魔術を重ね、商会の機動戦力が撹乱を担う。
“敵だった者”が、いま、“共通の敵”に剣を向けていた。
そして、ルークスは仲間たちに向かって叫ぶ。
「──行くぞ。この遺構の核へ。“選ぶ者”として!」
未来を左右する“対話の場”が、いま開かれようとしていた。