第20話・第2節「断章商会、再出撃」
──“異常魔力反応”を検出。
峡谷の東側斜面、かつて帝国の監視塔だった廃墟の中で、断章商会の特別構成隊が展開を開始していた。
その中心に立つのは、黒衣の青年。
長身で、無表情。だがその身に纏う魔力は、人の域を超えている。
「報告しろ。座標地帯の魔力振動値は?」
「本日十時以降、断続的な共鳴反応あり。“継承候補体”と断定します」
青年──カエルス・ジークルーンは無言で頷いた。
「……ルークス。君もまた、まだ“人として在る”のか」
その目に、一瞬だけ哀しみが宿る。
彼の右腕には、特殊構成式が焼き付けられていた。
それは“意志を持つ魔力構造”──ルークスと同じ、いや、より“実験的に調整された”異質な魔力だった。
一方その頃、ルークス一行は小さな村を抜け、峡谷手前の見晴らし台に到達していた。
下には雲のように漂う霧と、無数の岩脈。
かつて帝国の“魔力融解実験場”だったというこの場所は、未だに地形そのものが不安定だった。
「……まるで、“土地が記憶を拒んでいる”みたい」
ミュリナの言葉に、セリナが頷く。
「視えないの。“未来”の輪郭が、霧みたいに溶けてる。……これは、誰かが“意図的に曖昧にしている”気配」
「情報遮断か。……教会か、商会か」
ジェイドは黙って谷を見下ろしていた。
手には、彼が拾い上げた金属片──実験記録が封じられた小型魔術媒体。
「これ……俺が閉じ込められてた施設の記録だ。……やっぱり、俺も“あの座標”の産物なんだな」
「違うぞ、ジェイド」
ルークスが真っすぐな声で言う。
「過去が“造られた”としても、今を選んでるのは“お前自身”だ。だから──お前はもう、“記号じゃない”」
ジェイドはしばらく黙っていたが、やがて笑った。
「……ありがとな、ルークス。なら俺は、“俺として”ここに立ってみせる」
その瞬間、空間に微かな揺らぎ。
「──敵だ! 霧の中から魔力反応、四……いや、五!」
セリナが警告するや否や、峡谷の谷底から跳ね上がるようにして現れた黒衣の影。
断章商会の第一襲撃部隊だった。
だがその中心に、見覚えのある人物はいなかった。
代わりに──彼らの背後に、一歩遅れて現れた“黒衣の男”がいた。
「久しいな、ルークス=東雲。……いや、名を持つ者よ」
その声に、ルークスは剣に手をかけた。
「……お前は?」
「カエルス・ジークルーン。君と同じ、“設計された魔力”を持つ者。だが俺は、“設計されたまま”を選んだ者だ」
ミュリナが息を呑む。
「あなたも……“人工的に創られた存在”なの?」
「いや。“魔力だけ”が創られた。“意思”までは奪われなかった。だから、俺は選んだ。“創造者に従う”ことを」
「それを“従う”と言うのか。……“思考を放棄した”だけじゃないのか」
ルークスの声は静かだったが、剣気は鋭く尖っていた。
「違う。“構造体の選択”は自由意志を否定しない。ただ、“選ばれなかった者”の憎悪が、世界を蝕む」
その言葉とともに、カエルスの背後で、魔導構成式が展開された。
“対魔核制御結界”。
それは“魔力そのものを制御する”ための、旧帝国の禁忌技術だった。
「今、君に問う。“人として抗うか”。それとも──“造られた力を受け入れるか”」
ルークスは答えた。
「その問いに意味はない。俺は“選ぶ”。お前じゃない、“俺の意志”で」
──その瞬間、戦端が開かれた。