第20話・第1節「旅路の果てに示された座標」
東方に伸びる街道を進む馬車の中で、風の音が緩やかに鳴っていた。
ルークスは手にした“遺構中枢核の転写符”を見つめていた。
エルヴァンスで得た“継承座標”──それは、かつて魔導帝国が保有していた第二級遺構《ルデール峡谷》を指していた。
「この地図に記された座標、王国の公式記録からは完全に消されてる。……消されたというより、“存在を消された”って感じだな」
「わたし、聞いたことある。“地形が歪んで、空が割れた”って村の噂。……王国が封印したって言われてる場所じゃないかな」
ミュリナが声を落としながら地図に視線を走らせる。
「“浄化の光”が降り注いだ、って話もある。……でもそれ、“王国教会”の活動圏内だよね?」
「今さら“偶然”なんて思わないよ。──エルヴァンスといい、断章商会といい。全部、ひとつの線で繋がってる」
ジェイドがぼそりと呟いた。
その言葉には、過去を知る者の重みがあった。
「俺がいた実験施設……座標で言えば、この峡谷のすぐ近くだ。……たぶん、俺の過去もあそこに繋がってる」
ルークスは頷き、セリナに視線を送った。
彼女は目を閉じたまま、じっと空を感じていた。
「……見えない。未来が、ノイズを含んでる。ルークスさん、たぶん“複数の意志”が、この先の座標に交差してる」
「“未来がぶつかり合っている”ということか」
「うん。“誰が未来を導くか”、それ自体が定まってない。──でも、私たちは“そこに立つ”ことになる」
馬車が村の手前に差しかかる頃、道脇に設けられた旅籠が目に入った。
旗には“調査中”と書かれた学術ギルドの印。
「……先客がいるな」
ルークスたちは、馬車を止め、様子を見るために一時停車する。
旅籠の広間では、数人の学術ギルドの構成員が、魔力観測装置を囲んで激論を交わしていた。
「“座標が変動している”? そんなはずは──」
「いや、確かに“天頂の魔力流”が乱れている。“聖域転用反応”だ。王国教会が“遺構転写”を始めた可能性がある」
「……なら、我々の調査隊は“出し抜かれる”ぞ。早急に峡谷へ向かわなければ」
その単語に、ルークスの眉がわずかに動く。
(“聖域転用”……か。やはり、教会も動いてる)
そのとき、入口近くで見張り役をしていたジェイドが小声で報告してきた。
「ルークス。東の林から“断章商会の紋章”を持った連中が、こっちに接近中だ。……数は四、装備は軽装偵察型」
「間違いないな。……各陣営が、同時に動き始めてる」
ルークスは振り返り、仲間たちを見る。
「“座標に向かう”だけじゃ足りない。ここからは、“どう動くか”も重要になる。“誰と対話し、誰と戦うか”」
「私たちの旅、“ただの冒険”じゃなくなってきたよね」
ミュリナが微笑むが、その瞳は真剣そのものだった。
「ジェイド、監視続行。セリナ、できる範囲で未来視の座標を絞ってくれ。ミュリナ──俺と一緒に、旅籠の記録端末を解析する」
「了解!」
「……わたし、未来の“交点”をもう少し探ってみる」
日が傾き始めるなか、峡谷への出発準備は静かに進んでいた。
そして──その頃。
断章商会の偵察班の報告を受けた“本部”では、一人の男が地図を睨んでいた。
黒髪をなびかせた青年──セルヴァとは別の、もう一人の構成異常者。
「……ようやくだ。君と再会できる。“同類”として、ではなく──“選ぶ者”として」
男の右腕には、ルークスと酷似した“魔力構成の刻印”が浮かび上がっていた。