第19話・第3節「目覚める監視者と試練」
都市中枢の奥部──
球状空間のさらに深層に存在する“管理層”へと続く螺旋の階段を下りたとき、空間の気配が一変した。
それは、知性ある者が発する“静かな威圧”だった。
「……来たか、“現在の歩行者たち”」
その声は、頭の内に直接響いた。
壁も天井も存在しない虚無空間の中央に、“意志を宿した球体”が浮かんでいた。
《名称:監視者》
《目的:記録の選別、継承者への適応判定、文明の再起動》
「自己の認識、照合中──“ルークス”。構造コード、承認。だが“個”では不十分。次は、“集団意志”の強度を確認する」
「……集団意志?」
「“意志を共有し、支え合えるか”。それこそが、“力ではなく文明”を再起動する鍵。君たちが、ただの“力の結晶”ではないと証明しろ」
その瞬間、空間がねじれた。
全員が別々の幻視空間へと“引き裂かれる”。
ミュリナが目を開けると、そこには誰もいなかった。
暗闇の中で、彼女は“ひとりでいる”という感覚に苛まれていた。
「……ルークスさん……?」
返事はない。
光も届かず、魔力すら通じない。
(……これが、“信頼の試練”?)
そのとき、空間が彼女に問いかけてきた。
《あなたは、彼がいなくても歩けるか?》
《彼に“信じられていなくても”、信じ続けられるか?》
ミュリナは、数秒の沈黙ののち、息を吸って答えた。
「わたしは……彼がいてくれるから、ここまで来られた。でも……それだけじゃない。“わたし自身が、わたしを信じたい”」
言葉が放たれた瞬間、空間が砕け散った。
──そして、セリナ。
彼女は、“未来が見えなくなった空間”にいた。
「……視えない。何も……」
予知に頼らずに世界と向き合うことは、彼女にとって最も苦しい試練だった。
《未来が視えないあなたに、“信頼”は可能か?》
《確信のない道で、“他者の光”を信じられるか?》
セリナは震える手で胸を押さえながら、はっきりと答えた。
「……信じるの。“見えるから”じゃない。“見えなくても、そこにある”って、知ってるから」
その瞬間、彼女の周囲にも光が差し込む。
一方、ルークスは──
静かに剣を見つめていた。
空間は彼の過去を再現していた。
過労と絶望、死の淵を迎えた“東雲悠人”としての終末の記憶。
《力があれば、誰かを救えるのか?》
《その力を持って、君は“人でいられるのか”?》
ルークスは、短く答えた。
「……そんなものは、俺が決める。“選び続ける限り”、俺は俺だ」
その答えを以て、すべての空間が同時に“再結合”した。
──試練、終了。
──共同意志、仮承認。
──継承資格、“第一段階”通過。
監視者が最後に語りかけた。
「……今、お前たちは“ひとつの選択肢”として存在を認められた。だが“次の扉”は、真の対話と“他者との共生”の果てにある」
「来るがいい。“分かつ者”と、“繋ぐ者”の間で揺れるこの世界の、“本質”へ」
言葉が終わると同時に、中枢の核に新たな文様が浮かび、空間が再び閉じた。
それは“鍵”だった。
次の遺構。次の真実。
──次なる試練への“座標情報”。
都市は静かに息を吐き、再び眠りに落ちていった。