第19話・第2節「閉ざされた回廊、動く記録」
裏口から都市内部へと潜入したルークスたちは、長く続く石造りの回廊を抜けていた。
内部は驚くほど静かだった。
朽ちた柱、崩れかけたアーチ、そして床に散乱する魔導装置の残骸。
けれど、それらすべてが“生きている気配”を残していた。
「……誰もいないのに、視線を感じる」
ミュリナの言葉に、セリナが頷く。
「都市が……見ている。正確には、“記録装置の意識残渣”みたいなものが、反応してるの」
その瞬間、通路の先──巨大な扉の前で、空間が揺れた。
「──アクセス承認。仮認証者:“記録媒体ルークス=ノード”。構成コード、一致」
淡い光が扉を満たし、ゆっくりと開かれる。
中には──
巨大な球体状の空間が広がっていた。
天井は星空のように光点が散らばり、壁面には無数の魔法陣と符号が浮遊している。
「これ……全部、“記録”?」
「違う。“記録を記録するための記憶装置”だ。……入力と出力の両方を備えた、“記憶との対話空間”」
その言葉に、ミュリナがわずかに息を呑む。
ルークスが一歩踏み出した瞬間──空間がきしみ、映像が再生された。
「──日付:帝国暦423年。“収束計画、最終段階”」
映し出されたのは、かつての帝国科学官たち。
彼らは魔力安定装置の前で議論していた。
《これ以上のエネルギー増幅は、危険です。魔導核の収束率が限界を超えます》
《だが、止めることもできない。“意思を持った魔力”は、すでに“自立の域”に入っている。我々の手を離れた》
《それでも、記録は必要だ。“失敗の記録”であっても、誰かが見ることで意味になる》
《……ならば、この空間に封じよう。“未来の誰か”がここに辿り着いたとき、選択できるように》
記録がそこで途切れ、空間が再び静まる。
「……この都市が崩壊した原因、“暴走した魔力核”じゃない。……“意志を持った魔力そのもの”だ」
ルークスの表情が強張る。
「かつて、人間たちは“魔力に命を与えようとした”。だが……その魔力は、彼らの制御を拒んだ。“創造主を否定した”んだ」
ミュリナが、静かに言葉を継ぐ。
「そして、都市全体を“閉じること”で、世界との接触を断った。“意志”が世界に影響しないように」
「……だが、それが“封印”なら、どうして今、俺たちに“反応してる”?」
その問いに応えるように、空間の中心が微かに光を帯びた。
「──記録媒体、問う。“現在の継承者は、自己を定義できるか”」
まるで、都市そのものが語りかけてくるようだった。
「……自己定義?」
「たぶん、“お前は誰だ”ってことだと思う。過去でもなく、力でもなく、名でもなく。“意思で自分を定義できるか”──って」
セリナの声は、確信に満ちていた。
ルークスは、ゆっくりと前へ出る。
「俺の名は、ルークス。“東雲 悠人”として生まれ、そしてこの世界で、“選び続ける者”として生きている」
「……人ではない力を持ち、人であることを選び直している。──これが、俺の“現在地”だ」
光が揺れた。
──仮定義、受理。
──継承試験、保留。次段階へ進行。
そのとき、球体の空間に小さな震動が走る。
「……なんだ?」
「誰かが……都市の別区画に入った! しかも、“この記録装置と同調できる”……!」
ミュリナの警告と同時に、空間が再び揺れる。
「来たな、“第三の観測者”」
リセルが低くつぶやいた。
「──都市の記録を狙うのは、私たちだけじゃない。“学術ギルドの影”、そして“断章商会の再派遣組”が、そろそろ動く」