第19話・第1節「帝国都市跡《エルヴァンス》」
その都市は、静かに眠っていた。
まるで“生を終えた獣”のように、枯れた風を吹き込みながら。
ルークスたちが到着したのは、北東域に広がる“帝国都市跡エルヴァンス”。
かつて魔導帝国の中枢が置かれ、十数年前に突如として崩壊した、忌まわしき廃都だった。
「……魔力の流れが滞ってる。まるで、“抑えつけられた”みたいだ」
ミュリナが眉をひそめながら言う。
街の周囲には、古代語で刻まれた結界柱が等間隔で立ち並んでいた。
朽ちかけてはいるが、内部への干渉を防ぐための“封印構造”がいまだに生きている。
「結界は“内側からの流出”を封じているな。……つまり、何かが“封じられている”側ってことか」
ルークスは結界の縁に手をかざし、魔力を流す。
瞬間、結界が淡く光り、彼の魔力と反応した。
──継承資格者、照合開始。
「……ここの記録装置が、反応している……?」
「ねえ、ルークスさん。中に、“すごく古くて……でも優しい感じの魔力”がある。……癒しの根に似てる気配」
ミュリナがそっと地面に触れ、瞳を閉じる。
空気の層に染み込むような、深層魔力の波動を読み取ろうとしている。
「それと……なにか、いる。まだ“目覚めていない存在”が、私たちを見てる……」
そのとき、横から声がかかった。
「君たち、外から来た者だね?」
振り返ると、そこには簡易外套に身を包んだ女性が立っていた。
背には古文書の束、腰には測量器と魔力感知球。明らかに研究者の類だった。
「私は、リセル・レイナード。学術ギルドの非公式研究班に所属してる。“この都市の記憶”を追っている者よ」
ルークスは警戒を解かなかったが、彼女の目は誠実さを失っていなかった。
「この場所には、“外から入れる正門”はもう残ってない。けど、私が使っている“裏ルート”なら、結界に干渉されずに内部に通じるわ」
「なぜ、それを俺たちに?」
「“感じた”のよ。……あなたたちの魔力が、この地の眠りと“同調”してる。都市そのものが、あなたたちを“認識”した」
ルークスは一瞬だけ黙り、ミュリナとセリナに視線を送る。
セリナは目を細めながら呟いた。
「……視えたわ。“あの都市の中央にある塔”。……そこに“分岐点”がある。“世界が終わらなかった未来”と、“終わった記録”が交差してる場所」
「なら行こう。……“記録の中身”を確かめる価値はある」
リセルの案内で、一行は東側斜面の岩陰へと向かった。
そこには古びた魔力ゲートが半ば埋もれた状態で存在していた。
「この“副通路”は、帝国時代に使われていた補助の出入り口。中央塔の下層と繋がっている」
ルークスが魔力を流し込むと、扉がゆっくりと開いた。
「“ようこそ、記憶の中へ”──って感じだね」
ミュリナが半ば冗談めかして言うが、その表情は引き締まっていた。
「じゃあ、行こう。……“世界が崩れた理由”と、“もうひとつの真実”を拾いに」
一行はその口を潜り、静かに、都市の腹部へと消えていった。