第18話・第3節「小さな手の誓い」
戦いの余韻が街に静寂を残していた。
路地の片隅で光が揺れ、破られた石畳を癒すように風が吹いている。
セリナはルークスの背中を見つめながら、ゆっくりと息を整えた。
その小さな手が、ようやく震えを止める。
「……ありがとう。本当に、助かったわ」
ルークスは振り返り、静かに頷いた。
「礼はいい。けど、これからどうするかは自分で選べ」
「……あなたたちと、行きたい。夢で“旅をしてる未来”を視た。それに……」
セリナは言葉を切り、ミュリナに視線を移す。
「あなたの力、私と似ている。……“流れを感じ取る”ような、魔力の息遣い」
ミュリナは驚いた表情で目を丸くする。
「まさか、わたしの魔力構造が“見える”の?」
「完全には。でも、あなたの癒しは“未来の調律”に近い。“傷ついた結果”ではなく、“癒された未来”を描いて引き寄せる──そう視えるの」
「それって……未来魔術の応用理論……!?」
ルークスが一歩踏み出し、ふたりの間に入る。
「お前の“視える力”と、彼女の“癒す力”。その両方が、これからの戦いに必要になる」
セリナは頷いた。
「わたし、逃げない。……もう、“未来に背を向けたくない”」
その言葉に、ミュリナがそっと手を差し出した。
「なら、手を繋ごう。“選ぶ未来”のために」
少女の手が、そっとその指に触れる。
──その瞬間。
二人の魔力が、静かに共鳴した。
再構築と予知。
それは“過去を癒す力”と、“未来を読み解く力”の出会いだった。
一方、街外れの広場では、ジェイドが荷馬車の手配を済ませていた。
「……だいぶ騒ぎになったみたいだな。今のうちに出た方がよさそうだ」
ルークスが彼の隣に立つ。
「平気か? まだ、全部の記憶は戻ってないんだろう」
「関係ないさ。“誰かの実験体だった過去”があっても、今こうして剣を握って立ってる。それが今の“俺”だ」
言い切った瞳には、もう迷いはなかった。
「それに……セリナを見て、少し思い出した。あの施設にも、“未来が視える”って言われた子がいた。たぶん……」
「彼女の“過去”と、お前の“記憶”。その接点も、これから探っていくことになるだろう」
街の門が開く。
朝日が昇り、道を照らしていた。
馬車の前に立ったルークスが振り返る。
「俺たちは、選ばれたわけじゃない。ただ、“選び続ける覚悟”を持ってここにいる」
セリナが、ミュリナと共に馬車に乗り込む。
ジェイドが後部の荷台に乗り、ルークスが手綱を取った。
「さあ、行こう。……次は、“何を信じるか”を試す場所へ」
その言葉とともに、旅の一行は走り出す。
ラザールの街を離れ、朝の風が髪を揺らす。
──そしてその頃。
街の北端、断章商会が隠し持つ観測塔の上で、ひとりの少女が彼らを見送っていた。
仮面を外した顔に、静かな笑み。
「……“未来視”と“再構築”が繋がった。なら、次は“世界の定義”を試す番ね」
風が吹き抜け、少女の髪が舞った。
「さあ、追いかけてきて。“選ばれなかった者”たちが、世界をどう変えるかを見せてちょうだい」