第18話・第2節「少女の逃亡、そして追手」
翌朝。
ルークスが街の広場を歩いていた時だった。魔力の流れが一瞬、乱れた。
「……魔力波、急上昇。市街地の中央通り──」
異常は突如として現れた。
鐘の音もなく、空気の歪みだけが先行して街路を走った。
そして、次の瞬間──
「──離せっ! 私は、まだ……っ!」
少女の叫びとともに、人だかりの中から白い外套が飛び出す。
その背後には、黒装束を纏った“断章商会の追手”が迫っていた。
ルークスは即座に動く。
(あの気配、“術者”か? ……いや、違う。“見えている”者の走り方だ)
逃げていたのは、十代半ばの少女だった。
淡い銀髪と、どこか儚げな雰囲気。だがその瞳は、不思議なほど落ち着きと警戒に満ちていた。
ルークスと目が合った瞬間、彼女は足を止めた。
「……来たのね。“あなた”が」
「……初対面のはずだが?」
「“視た”のよ。夢の中で。……あなたが、“私を助ける姿”を」
次の瞬間、背後から商会の術者が詠唱を終え、拘束術式を放つ。
「“未来視の魔導因子”確認。確保優先──!」
ルークスが踏み出し、少女の前に立った。
次の瞬間、放たれた魔術が彼の掌で吸収され、霧散する。
「……あれは“封印結界”じゃない。“神経接続型制御術”。完全に“兵器化”前提の構文だな」
「あなたは、いったい……」
「通りすがりの“敵”だ。──商会の、な」
人々がざわつき始める。傭兵たちも状況を察知し、距離を取りつつ戦況を伺っていた。
その中の数人が、明らかに“迷い”を持った表情を浮かべている。
(この街の傭兵ギルドにも、商会と“繋がりがある”……だが全員ではない)
「……ジェイド、ミュリナに伝えてくれ。戦闘準備だ」
通路の陰に控えていた青年が頷き、宿へ走る。
その間にも、商会の術者たちは陣形を広げ、次なる魔術の準備を整えていた。
「“対象に戦闘能力あり”。レベル3対応──“遮断結界”展開」
結界が街路に展開され、外部からの干渉が遮断される。
(このままでは長期戦になる。市民を巻き込むわけには──)
そのとき、結界の内側に淡い光が差し込んだ。
「──浄化陣、展開。“空間干渉式・律動型”」
遅れて駆けつけたミュリナが詠唱を終え、杖を掲げた。
空間が反転するように波打ち、商会の結界が“上書き”されていく。
「まさか……っ、干渉率90パーセント超……!? 再構築型魔術──!?」
「空間を“断ち切って囲う”なんて、時代遅れなのよ。……わたしの“癒し”は、“繋げ直すこと”だから」
商会の術者たちが明らかに動揺を始める。
その隙を突いて、ルークスが少女を背に庇う形で前に出る。
「……名は?」
「……セリナ。セリナ・フォリア」
「わかった、セリナ。今から“守る”。──力で。……それが、今の俺にできることだ」
剣を抜き、ルークスが静かに地を蹴った。
空気が鳴った。
魔力が剣に宿るよりも早く、彼の動きが空間の常識を置き去りにする。
「──空間展開。“速度差”による縦断──!」
対峙していた術者が反応する前に、ルークスの剣がその杖を斬り落としていた。
「……撤退信号を!」
「だめです、“空間認識系”が麻痺しています!」
ルークスとミュリナ、そしてセリナを中心に、“街の構造そのもの”が変わり始めていた。
“癒し”と“破壊”の交差点。
街の一角は、まるで生きているように呼吸し、空間の継ぎ目がねじれていく。
──そして、商会の術士たちはついに後退を始めた。
逃げる背に剣を向けることはなかった。
ルークスは静かに剣を納め、ミュリナとセリナに視線を戻す。
「……戦いは、終わった?」
「一時的に、ね。でも、彼らはまた来る。“私を連れ戻すために”」
「なら──その前に、“力をつける”。一緒に来い。……俺たちと」
セリナの目が、微かに潤んだ。
「……ありがとう、“未来の光”」