第17話・第3節「戦火の中の誓い」
遺構の防衛が完了した。
断章商会の精鋭部隊が撤退した後、中央中枢の魔力反応は徐々に沈静化し、内部空間の揺らぎも収束していく。
「……応急修復完了。損傷箇所、回復率82パーセント。中枢機能、安定域に移行」
遺構自身が“自己修復”を続けながら、静かに息を潜めたようだった。
ルークスは崩れかけた通路に背を預けて、静かに息を吐いた。
「……終わったな。今のところは」
「“勝った”わけじゃない。“次につなげた”だけだよね」
隣に座り込んだミュリナがそう答えた。
彼女の声には疲労の色もあったが、それ以上に確かな“自覚”があった。
「……これから、どうする?」
「決まってる。遺構を出る。そして、“仲間を探す”」
ルークスはそう答えると、少しだけ笑った。
「──ふたりだけじゃ、この先の戦場には足りない。あいつらはもう、“世界規模の戦略”で動いてる。……なら、こちらも“世界規模の出会い”を選ばなきゃならない」
「私たちが旅に出たら、きっと狙われる。それでも、あなたは──」
「行くさ。恐れるなって言うつもりはない。けど、“止まる理由”がもうないんだ。今の俺たちには」
ミュリナは静かに頷いた。
その瞬間、遠くの回廊でわずかな“魔力の揺らぎ”を感知する。
ルークスがすぐさま立ち上がり、剣に手をかける。
「敵か……?」
「違う。……観測班の魔力波。王都の連中だよ」
やがて現れたのは、以前にも接触した王都観測班の隊長──カイ・エルノートだった。
「間に合わなかったな。……だが、お前たちは生き残った」
「監視してたんだろう。だったら、“試すような真似”はやめてくれ」
ルークスの言葉に、カイは苦笑する。
「すまない。俺たちは、王都という“鈍重な巨体”の末端にすぎない。だが今日、お前たちが見せたもの──それを“上”に届けるつもりだ」
「……届くのか? 今の王都に」
「届かないなら、腐ってる。それだけの話だ」
その答えは、十分すぎるほど誠実だった。
カイは少し躊躇しながらも言う。
「お前たちは、旅に出るのだろう?」
「そうだ。もうこの場所は、“鍵”を握った者の支配下には置けない。だが、俺たちが護るには広すぎる。……なら、選ぶのは“動くこと”だ」
「ならば、この場所は我々が引き継ごう。遺構の外郭だけでも“監視”する価値はある」
ルークスは一瞬だけ沈黙した後、頷いた。
「……頼む。“力に飲まれない者”にしか、任せられない」
「肝に銘じよう」
カイはそう言って、再び部隊を後方に下げていく。
その姿を見届けた後、ルークスはミュリナと向き合った。
「行こう。──旅の始まりだ。次は、“この力を信じられる者たち”を探す」
ミュリナは、まっすぐな瞳で頷いた。
「私たちだけじゃ届かない世界がある。だから、手を伸ばす。声をかける。戦うだけじゃなく、“伝えるために”」
ふたりの歩みが、遺構の外へと続いていく。
そして──
その光景を、遠く離れた漆黒の玉座の間で、ひとりの少女が見つめていた。
彼女は仮面を手に持ち、口元だけをわずかに笑みの形に歪めた。
「目覚めたわね、“記録の外側にある者”。──次に出会うとき、私は“剥がれた面”をあなたに見せましょう」
彼女の背後に立つ断章商会の首脳たちは、ただ静かに頷いていた。
「“世界は選び取る”。そして、最も異端を、“最も正しい者”として扱う。──さあ、次の舞台を整えましょう」
物語は、“仲間を得るための旅”へと動き出す。
それは、“力の発露”ではなく、“信頼の確立”の物語。
戦いの本質が、“絆”に変わる瞬間を求めて──