第2話・第1節「封印の残響」
バズゼルを倒したあの広場には、今も魔力の残響が微かに漂っていた。
ルークスは静かにその場を離れ、森の陰に身を潜めながら進んでいた。
日は高く昇っていたが、木々の密度が高いため地表は薄暗い。
先ほどまでの激闘の熱が、皮膚の内側にまだ残っている。
「……俺は、本当に戦ったんだな」
己の体に染みついた魔力の流れと、剣を通して感じた手応え。
全てが夢のようで、だが明確な“現実”だった。
疲れはある。だが、それを上回る“高揚”がある。
誰かの命令でもなく、報酬があるわけでもなく、自分の意思で、命をかけて剣を振るった。
それは、かつての東雲悠人が決して味わうことのなかった実感だった。
「戦うために生きる……わけじゃないが、戦わなきゃ生き残れない世界だな」
葉をかき分け、倒木をまたぎながら慎重に進む。
廃墟への帰路を探していたが、なぜか視線が足元ではなく、森の“奥”へと吸い寄せられていた。
──風が止んだ。
気配が変わる。
森が、何かを隠しているような、そんな沈黙。
ルークスは剣に手を添えたまま、一歩、また一歩と前へ出る。
次の瞬間──木の根元で、何かが倒れているのが見えた。
人だった。
いや、正確には少女。
年の頃は十代後半。銀色の長髪が汚れた地面に広がっている。
衣服は粗末で、足には縄のような鎖の跡。腕には擦り傷。何より、体が小刻みに震えていた。
「……生きてるな」
ルークスは慎重に近づく。
少女の身体が、びくりと震える。そして、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。
目が合った。
翠玉のような瞳。だが、そこに宿るのは光ではなく、怯えだった。
「っ……あ、あっ……!」
少女が喉を震わせる。
声にならない。瞳に涙が滲む。全身をこわばらせ、咄嗟に身を引こうとした──が、足に力が入らず、地面にうずくまった。
「……落ち着け。俺は、お前を襲う気はない」
できるだけ低く、優しい声で言ったつもりだった。
だが少女は頭を抱え、震えながら首を横に振る。
「……ひとり、か。誰にも助けられず、逃げて、ここまで来た……そういう顔だな」
その姿は、数日前まで“生きることすら他人に決められていた”自分自身と重なった。
ルークスは腰を下ろし、手を差し出した。
少女は怯えたまま、じっとその手を見つめていた。
「名乗るほどの者じゃないが……俺の名はルークス。通りすがりの放浪者だ」
少女の瞳が揺れる。
返事はない。けれど、目の奥の怯えが、ほんのわずかだけ揺らいだ気がした。