第17話・第1節「遺構防衛戦、開戦」
遺構の空気が変わった。
中央核の共鳴が一時停止した直後、外部回廊に設けられていた“境界結界”が強制的に破壊された。
「……来たか」
ルークスは剣を抜き、回廊の入り口へと向かう。
遺構の壁面が一斉に光り、内部に設置された“防衛機構”が起動を始めていた。
「侵入者確認。識別信号未登録。強制排除処理、開始します」
無機質な音声とともに、床から浮かび上がる魔術陣。
次の瞬間、空間の端がゆらぎ、仮面をつけた複数の黒衣の者たちが、音もなく姿を現した。
「──記録核、反応確認。目標:対象“ルークス”、および共鳴体“治癒者”」
その言葉に、ミュリナの肩がわずかに震えた。
「やっぱり……私も狙われてるのね」
「当然だ。“再構築型”は既に“兵器適正対象”とみなされる段階にある」
そう呟いたのは、敵の中心に立つひとり──蒼い仮面をつけた長身の男だった。
「我が名はセルヴァ=クロード。断章商会“蒼紋の刃”。ルークス=東雲、貴様との戦闘を上層より正式に承認された」
「……なるほど。俺と“対等に戦える”人材ってわけか」
「それだけではない。“お前の存在を測る”ために来た。世界が何を恐れ、何を期待するか。それを知るために──」
ルークスは一歩前に出た。
その背で、ミュリナが魔力の波動を展開する。
「“戦うために”じゃない。──“守るために”この力を使う」
「ルークスさん、ここはわたしに任せて。あなたは“あの男”を」
言葉を交わす間もなく、敵の後方で魔術陣が閃く。
黒衣の一人が詠唱を完了し、衝撃波を放った。
「──癒しの防陣、展開!」
ミュリナが放った魔法陣が、敵の攻撃を打ち消す。
ただの防御ではない。“魔術構文の浄化”を含んだ、再構築系魔術。
「……魔力構成が崩された? この女……! 通常の治癒術ではない!」
混乱する敵の術士たちを一瞥し、セルヴァが静かに前へ出る。
「──剣に集中しろ、ルークス」
「望むところだ」
両者が、一歩を踏み出す。
そして、刃が交差した。
魔力を帯びた剣と剣がぶつかり合い、火花が弾ける。
一撃ごとに空気が揺れ、周囲の床材が砕け散っていく。
「……速いな。だが、型がある。“理”に則った剣術だ」
「貴様は……“理から逸れている”」
応酬しながら、二人の間にあるのは、殺意ではなかった。
むしろ、理解し合おうとする“意志のぶつかり”に近い。
一方、戦場の後方で──
ミュリナは“戦場の中心”に立っていた。
彼女の治癒魔法は、周囲の空間に浸透し、味方──いや、“空間そのもの”を修復していた。
「再構築対象:空間補正、精神安定、魔力接続断絶処理──完了」
遺構の防衛機構が、ミュリナの魔法を“上位権限”と認識し、戦闘支援を開始する。
「あなたの力……この場所と、同じ波長にある……?」
「うん。たぶん、わたしの力は“遺構の治癒記録”と共鳴してる。だから──わたしも、“この場所の一部”なの」
そしてその頃、遺構外部では、王都の観測部隊がようやく接近していた。
「──接触を確認。断章商会が“実戦行動”に移ったと確定してよいだろう」
カイ・エルノートは望遠魔術を通じて戦況を観察し、部下に命じた。
「援護はしない。だが、“彼らが崩れれば”──即時支援に移る。……今は、“彼らの意志”を見極めるときだ」
──遺構の最深部、光と剣が交差する。
それは“ただの戦い”ではない。
“未来を定める問いかけ”に、命で答える戦場だった。