第16話・第3節「起動と警告、そして目覚め」
遺構の中枢に、再び震動が走った。
空間が軋み、球体の記憶核が淡い赤の光を発し始める。
「……始まったか」
ルークスは、記録空間から戻ったばかりの意識を整理する間もなく、魔力の流れの変化を読み取っていた。
それは、もはや“外界の魔力”ではなかった。
“内部”──遺構そのものが“生命活動”のような反応を示している。
「……起動状態へ移行中。エネルギー伝送系、臨界ラインを突破。構成式、再構築を開始」
自動音声のような響きが、空間中に木霊する。
「ミュリナ、下がれ。これ以上は、“認証者でない者”にとって危険かもしれない」
「でも──あなたは?」
ルークスは短く微笑み、彼女を優しく制止した。
「俺は、ここに呼ばれた。……その意味を受け取るだけだ」
記憶核の前に立った瞬間、空間に再び“声なき声”が響く。
──問い:管理者登録を再開しますか?
──検出:構成一致。潜在人格データ、照合完了。
──対応:意識構造安定化処理、進行中。
(……これが、“遺構の意思”か)
ルークスは魔力の流れを掌で受け止める。
その感触は温かくもあり、冷たくもあった。
だが、確かに“知性”があった。それも、数百年、あるいはそれ以上を生きてきた、異常な記憶の総体。
──問い:あなたは“人”として、この力を受け入れますか?
──あるいは、“機構の一部”として、“記憶の継承者”となりますか?
脳の奥に響く問い。それは、選択のようでいて、決断ではない。
ただ、“在り方”を試されている──そんな感覚だった。
ルークスの中で、過去と未来が交差する。
研究者として生きた自分。“自らを転送した意図”。
そして今ここで、“人間として生きたい”と願う現在の自分。
「──選ばない」
ルークスは静かに口を開いた。
「俺は、“人”としてこの力に触れる。だが、“機構の一部”にはならない。……記憶は継がない。意思は俺自身で作る」
遺構の核が、一瞬だけ沈黙した。
──理解。選択、保留。
──アクセスは維持。継承は一時停止。
──状態:仮承認・外部接続モードへ移行。
次の瞬間、球体から広がる光が、ルークスの全身を包み込んだ。
「ルークスさん……!」
ミュリナが駆け寄る。
彼の身体には何の傷もない。だが、瞳の奥に浮かぶ光が、今までと違っていた。
「──これは、“力”じゃない。“鍵”だ」
「鍵……?」
「遺構は“開く者”を探していた。“世界の根幹”へアクセスできる者を」
そのときだった。
空間の片隅──外部接続回廊から、急激な魔力波が突き抜けた。
「っ……これは、外部干渉。断章商会──!」
ミュリナが結界を展開する。
「力の流れが外へ漏れてる。向こうからも、こちらに干渉を……!」
「つまり、“あいつら”が動き出した」
ルークスは剣を構える。
遺構の壁がわずかに震え、接続回廊の扉が半ば強引に開かれる。
そこに立っていたのは、仮面をつけた男──以前接触してきた商会の“交渉者”だった。
だが今、その手には紋章ではなく、“核片”と呼ばれる古代魔術の起動キーが握られていた。
「……やはり、お前だったか。“鍵を持つ者”」
「鍵に触れて“壊す”だけの者に、呼ばれる覚えはない」
「我々は“奪い”には来ない。ただ、“受け継ぐ覚悟”を持って来た」
男の後方から、複数の魔力反応。
「ミュリナ、退路を確保しろ。今のうちに外に出て、最悪の場合は“あの座標”へ飛べ」
「わたしは、残るよ。“共に選ぶ”って、言ったでしょう?」
ルークスは一瞬だけ視線を交わし、微笑した。
──そして、遺構は静かに“目覚めの音”を放った。
その音は、世界のどこかに埋もれた、別の遺構に共鳴し──
新たな舞台が、ゆっくりと開かれようとしていた。