第16話・第2節「遺構内、失われた記録」
──光のない空間だった。
ルークスは一歩踏み出すたびに、空間が“構築”されていくのを感じていた。
無数の“記録の断片”が宙に浮き、視線を向けるたびに意味を持った映像へと変化する。
(これは……記録媒体。その中枢が、俺の魔力を媒体にして“再生”を始めた……)
目の前に現れたのは、一室のラボ。
白衣を着た研究者たちが、ガラス張りの端末に映る魔術構文を交互に確認している。
──その中心に、彼がいた。
若干痩せた体格。顔立ちは今の彼とほぼ同じ。だが、その瞳は完全に“意志を排した機能”だった。
《次元交差点の再調整、完了。……送信対象、人格データ構築完了。物理的肉体との分離、三十秒後に開始》
(……これは、俺?)
だが、その“彼”は、感情を失った別の存在だった。まるで、研究という目的そのものに置き換わったような、“過去の彼”。
《再現対象:外世界No.1047。魔力構造=自律発展型。転送処理、準備完了》
その瞬間、ラボが暗転し、“中枢”と呼ばれる球体装置が作動する。
「──君は、それを見に来たのか」
突然、背後から声がした。
振り返ると、そこには“もうひとりのルークス”がいた。
表情は穏やかで、今の彼と年齢もほぼ変わらない。
「……お前は?」
「投影された過去だ。“自分であると同時に、自分でなくなった存在”。君が“こちら”に来た理由のひとつ──いや、“発端そのもの”」
「どうして俺を、この世界に?」
「君は“力を知りすぎた”。そして、“力で人を救えない世界”に絶望した。──だから、自らを切り離し、“可能性の地”に送り込んだ」
ルークスの表情が強張る。
「……逃げたのか、俺は」
「違う。“試した”んだ。人が力を持ち、なお人としてあれるかを──」
その言葉と同時に、記録の空間が震えた。
次の瞬間、ルークスは再び“中枢核”の空間へと戻された。
──そしてその頃。ミュリナにも、異変が起きていた。
彼女は中枢部の外郭にある、副層の一角にいた。
そこには、淡く緑がかった光の柱が立ち、周囲を満たしていた。
「……これ、魔力じゃない。“治癒”の源そのもの……?」
触れた瞬間、彼女の視界が真っ白に染まる。
──水辺の光景。
女性が、苦しむ兵士の胸に手を当て、命をつなぐ。
その手から放たれた光は、ただの魔術ではなかった。“意志”の延長だった。
「これは……」
その“癒し”の力が、次第に形を変えていく。
傷を塞ぐ、臓器を修復する──だけではない。“存在の輪郭そのもの”を回復させていくような再構築。
(わたしが……見ようとしていた“癒し”って、こういうものだったのか)
「あなたは、“再構築者の系譜”にいる者だ」
声がした。
振り返ると、そこには光で形作られた“女性の残滓”が立っていた。
「この世界には、二種類の“癒し”がある。“外的損傷を塞ぐ術”と、“内的存在をつなぐ力”。──あなたは、後者を“選んだ者”」
ミュリナは拳を握る。
「わたしは……彼の隣で、彼の力に押し潰されるだけの存在にはなりたくない。……なら、私も“進まなきゃ”」
女性の光が微かに微笑む。
「ならば、あなたにも“記録”を渡しましょう。これが、“再構築”の第一歩」
その瞬間、ミュリナの手に浮かび上がる魔術紋。
癒しと魔力の融合、その先にある“新たな魔術体系”の鍵。
──そして再び、ふたりは“遺構の中央”で出会う。
ミュリナは手に新たな魔力を宿し、ルークスは過去の自分と向き合ったまなざしを持っていた。
「ミュリナ。……俺は、ここに来た理由を、思い出したかもしれない」
「わたしも、“あなたの隣にいる理由”を、見つけた」
遺構が、再び共鳴を始める。
次なる“起動”のときが近づいていた。