第16話・第1節「封印の扉と迎え入れる声」
遺構は、山裾の奥深くに眠っていた。
かつて魔術院と呼ばれたその場所は、王国の地図からも抹消され、忘れ去られたはずの研究施設。だが、崩れかけた石造りの階段を降りた先に、確かに存在していた。
「……ここが、“扉”だ」
ルークスは厚い蔦を払いながら、半ば崩れかけた岩の奥に埋もれた“門”に指を伸ばした。
それは金属ではない。石でもない。
淡く光を湛えた、魔力反応のある“無機質な何か”──生物のようでもあり、人工物のようでもある。
扉の表面には古代文字が浮かんでいた。
“外なる者よ、ここに至りて、問いに答えよ”。
ルークスは眉をひそめる。
「これは……古代王国語。だが、構文が断絶してる。“翻訳しきれない”ように、わざと組み替えられている」
「じゃあ、どうやって入るの?」
ミュリナが問う。
「……分からない。だが、“感じる”。中が、俺を──いや、“俺の魔力”を求めてる」
彼が手を近づけると、扉に刻まれた文字列が淡く光を放ち始めた。
──認証開始。
──同位素確認。
──構成式一致。
「……自動翻訳が、走ってる……?」
ルークスがつぶやくと同時に、扉の奥から低い共鳴音が響いた。
“──汝、継承者たりうるか”。
「……これは……声か?」
だがそれは、鼓膜で聞く声ではなかった。
頭の内側に直接響く“問いかけ”──感情でも言語でもなく、存在そのものに対する“確認”。
「ルークスさん……」
ミュリナが震える声で彼の袖を握る。
彼女の指先は微かに光っていた。扉に触れたとき、彼女もまた“何か”を見ていた。
「……わたし、“未来”を見た。あなたがこの扉の先で──変わっていく姿を」
ルークスは目を閉じ、深く息を吸った。
「ならば、問いに答える。……俺は、“継承者ではない”。だが、“ここに導かれた者”ではある。──それが答えだ」
──回答、受理。
──接続許可。
──扉、解錠。
低く響く音とともに、扉の構造が動き始めた。
光でもない、風でもない“何か”が吹き出す。
その気配に、ミュリナは顔をしかめる。
「これ……“歓迎”じゃない。……“観察されてる”」
「……ああ。“我々を招いた者”がいる。だが、それが味方か敵かは……分からない」
扉の内側は、意外にも無機質な構造だった。
長い回廊、宙に浮かぶ発光体、壁に埋め込まれた魔術式。
だが、すべてが“今なお生きている”気配を持っていた。
「ミュリナ、絶対に俺から離れるな。ここは……“ただの遺構”じゃない。“意志”を持ってる」
進むごとに、空気は冷たく、密度を増していく。
魔力濃度が異常だった。
だがそれは、ただ濃いのではない。“一定の方向性”を持って流れている。
まるで、この施設そのものが“生きた体”であるかのように──
そしてその中心部に、ひとつの“核”があった。
直径数メートルの球体が、半透明の魔法障壁に包まれて宙に浮かび、無数の光線が放射状に空間を貫いていた。
「これは……制御中枢……いや、“記憶核”か」
ルークスが手を伸ばそうとした、そのとき。
“接続開始。存在パターン識別中──”
中枢から新たな波動が放たれた。
彼の魔力が、反応する。
否、彼の魔力の“奥”にあるものが、共鳴を始めた。
「ルークスさん──!」
ミュリナが駆け寄ろうとした瞬間、場の空間が変質する。
宙が割れ、音もなく世界が反転するような感覚。
ルークスの意識は、“過去とも未来ともつかぬ記録空間”へと吸い込まれていった。
──それは、“自己との対話”。
だが、まだ扉は完全には開かれていなかった。