第15話・第3節「選ばれし者たちの狭間」
戦火を逃れた夜、ルークスとミュリナは谷間の崖下にある洞穴に身を寄せていた。
薪は焚かれておらず、魔力による簡易結界のみが周囲を守っている。
空は月が満ち、遠くに狼の遠吠えが響いた。
「……あの塔の魔術。あれ、ただの攻撃じゃなかった」
ミュリナが口を開く。
彼女の癒しの力は先の戦闘で大きく変質していた。“回復”ではなく、“構造の再形成”──再生に近い何か。
「完全に遺構由来の術式。連中は既に、封印された“技術の一部”を掌握してる」
ルークスは手のひらに視線を落とす。
その掌には、戦闘中に受けた火傷の跡が──既に存在していなかった。
「……自分で再生してた?」
「いや。違う。“俺の魔力が、俺の肉体を理解していた”……まるで“意思”があるみたいだった」
その言葉に、ミュリナの瞳が揺れる。
「ルークスさんの力が、“人間の定義”を超え始めてる……」
そのときだった。
洞穴の入口に、人影が立った。
「……安心しろ。敵意はない」
声の主は──昼間、接触した王都軍の観測班、カイ・エルノートだった。
「どうやって……ここを?」
「俺たちは“戦場の残滓”を追える。──それが、観測班の役目だ」
ルークスは警戒を解かずに問う。
「それで? 今度は“拘束”にでも来たのか?」
カイは首を横に振る。
「違う。“提案”に来た。“共闘”のな」
ミュリナの目が大きく開く。
「共闘……?」
カイはゆっくりと腰を下ろし、ふたりと同じ目線で語り始めた。
「……十年前。俺たちは魔王軍の残党と接触し、遺構由来の兵器と交戦した。──そのとき、我々の隊は“壊れた”。半数以上が消し飛び、指揮系統も瓦解。……そのときの術式と、今日見たものが酷似していた」
「つまり──断章商会は、魔王軍残滓と“同系統”の力を使ってる?」
「可能性はある。だからこそ、俺たちは動けない。“王都の命令”では、遺構は封印するだけ。“調査”も“制御”も、“手を出すな”と来てる」
ルークスの表情がわずかに曇る。
「なら、お前は命令を破ってここに来た?」
カイは頷いた。
「王都は腐っている。貴族の顔色、政治家の判断、教会の力関係……全てが“現状維持”を優先する。“君のような者”が現れても、それを“記録”するだけで、何もしようとはしない」
その目には、かつて戦場を知る者だけが持つ“悲哀”が宿っていた。
「……なら、俺にどうしろと?」
「俺たち観測隊は“表に出られない”。だが、情報を流し、状況を支援することはできる。──君が、“この世界を進める存在”であるなら、俺たちはそれに賭けたい」
沈黙。
ルークスはゆっくりと立ち上がった。
「……いいだろう。“命令を破ってでも、真実に近づこうとする者”なら、信じる価値はある」
カイの目がわずかに和らいだ。
「“選ばれし者”という言葉がある。……だが本来は、“選び続ける者”が生き残るんだ」
その言葉は、戦士の矜持であり、静かな祈りだった。
やがてカイは立ち上がり、背を向けて歩き出す。
「……次に会うとき、お前がどんな姿でも、俺はそれを“人”として見るつもりだ。──世界がどう判断しようともな」
その背を、ルークスはしばし見送った。
「……共に歩む者、か」
隣でミュリナが、そっと言った。
「一緒に選ぼう。“人”であることと、“力”を手にすることは、きっと両立できる」
ルークスは頷き、洞穴の奥から抜ける風を感じ取った。
その風のなかに、微かに──“魔力のささやき”が混じっていた。
──目覚めの時は近い。
──力は、すでに“主”を求めている。