第15話・第2節「先触れとしての戦火」
遺構へと続く峡谷の手前に、かつて王都軍が設置した“監視塔跡”があった。
今はすでに使用されておらず、風雨と時間のなかで半ば崩れかけたその塔は、森に沈んだ遺物のように静かに佇んでいる。
ルークスとミュリナは、その塔を迂回せず、あえて中へと足を踏み入れた。
「足跡、三日以内。……火の痕と魔術式の残滓。これは……“偵察の拠点”として使われてる」
ルークスは塔の内部に残された痕跡を的確に分析し、ミュリナに合図した。
「慎重に行こう。……匂いも、魔力の気配も“動いてる”」
ミュリナが頷いたそのとき──
「……入ってきたな、“断章外の者”」
塔の上層から、重く響く声が落ちてきた。
直後、空気が震えた。塔の天井に配置されていた封印式が解除され、地面から“拘束の魔術陣”が急激に展開する。
「──構えろ!」
ルークスが叫び、剣を抜いて魔術陣を断ち割る。
しかし、間髪を入れず、塔の壁を破って三人の人影が飛び込んできた。
「断章商会・戦術運用班。“特命行動”により、排除開始──」
最前線の男が詠唱を始める。杖ではなく、魔導書を直接展開し、“封印術式”を生成しながら押し寄せてくる。
「“拘束して解体”。──これが上からの指令。君たちは“観察対象”ではなく、“制御不能”と判断された」
「勝手に決めるなよ」
ルークスの足元から魔力が閃く。
“視覚の切断”。
空間を一瞬だけ歪ませることで、相手の索敵魔術を一斉に無効化する。
「──右! 二人!」
ルークスの指示と同時に、ミュリナが後方へ滑るように動き、治癒と防御を同時に展開。
「──浄化結界、展開!」
ミュリナの詠唱により、塔の一部が“魔力の打ち消し領域”へと変化する。
だが、それでも──敵の術者は崩れない。
「再生を含む癒し……興味深い。だが“その程度”では止まらない」
術者の指先から、黒い炎が放たれる。
空間そのものを焦がす炎。それは“精神干渉”を含んだ禁術系統。
「ルークスさん、下がって──!」
ミュリナが間に割って入り、防御結界を張る。だが、結界がわずかに軋み、ミュリナの口元から血が滲む。
「……くっ……!」
「お前の癒しは、“自分を代償にした治癒”か……!」
ルークスの目が怒りに染まった。
剣がうなる。
空気が裂け、瞬間的に視界からルークスが消えた。
──次に敵が知覚したのは、眼前で剣を振り下ろす“光の奔流”。
「がッ──」
先頭の術者が地に伏す。だが完全に気絶しただけで、命までは奪っていない。
「……やるな。“実戦で最適化された戦術魔術”だ」
背後からもうひとりの男が呟くように言う。
「……ならば、こちらも“解放”するしかないか」
彼が胸元から取り出したのは──“紋章”。
魔術遺構由来と思しき刻印が施された“記憶媒体”だ。
「──ルークスさん、ダメ! それは……!」
ミュリナの声に反応するよりも先に、空間が震えた。
「“中枢紋章、認証・交差解放──コード:三三九七”」
塔の空気が一変した。
まるで異空間へとねじ込まれるような“拒絶の魔力”が塔全体を包み込む。
「こいつら、もう“部分的に遺構を掌握してる”……!」
ルークスは剣を収め、ミュリナの手を取った。
「──退くぞ。今は、“ここではない”」
ミュリナが頷く。
ふたりは塔を脱出し、周囲の木々を抜けて、わずかに離れた丘陵地帯へと身を隠す。
──敵を退けることはできなかった。だが、“情報”は得た。
ミュリナが治癒魔法を再詠唱しながら言う。
「ねえ……いま、ちょっと分かった。“癒す”って、ただ傷を塞ぐことじゃない。“力を戻す”ことだって、できるんだって」
「……何?」
ルークスの傷が、一瞬で再生する。
「ミュリナ、お前の力、今……“再構築”に近い」
「わたし、あなたの魔力に触れて、変わり始めてる。……もう、ただの治癒魔法じゃない」
風が吹く。
ふたりの身体から滲む魔力が、呼応するように揺れていた。
──この力は、確実に“常人の域”を超え始めている。
そして、そんなふたりを──
塔の高所から、仮面の男が静かに見下ろしていた。
「……発現したな。“再構築型”。──次は、計画段階を“実行”へ移す」