第15話・第1節「遺構へ向かう者たち」
が変わった。
その気配を、ルークスは確かに感じていた。
陽が昇るよりも早く、彼とミュリナは出発していた。
巻物に記された次なる“遺構”──王国東部にある魔術院跡。
かつて“禁術の開発と封印”が行われていたという、その場所へ。
「……空が澄んでるね。でも、少し冷たい」
ミュリナがつぶやく。
「魔力の流れが東に偏ってる。──風も、そこに引き寄せられてる」
ルークスの足取りは軽快だったが、その目は鋭く辺りを観察していた。
草原を抜け、森林地帯に入る。
道中、彼らはいくつかの痕跡に気づいた。
──人が通った跡。馬車のわだち。焚き火の残り香。
「他にも“向かっている者たち”がいる」
「断章商会……だけじゃないかもね」
「王都の軍、それも“表に出ない部隊”が動いている可能性が高い。……連中が出るなら、“遺構の封印維持部隊”だろう」
「それって、わたしたちを……止めに来るの?」
ルークスはしばし黙り、首を横に振る。
「奴らの内部も、“分裂”してる。おそらく、“俺の存在を危険視する派閥”と、“協力を模索する派閥”がぶつかってる」
「じゃあ、これから会う人が敵か味方かは……」
「──接してみないと分からない」
それが今の、この世界の現実だった。
午後、ふたりは小さな川のほとりで休息を取る。
ミュリナが水を汲みながら、ふと顔を上げた。
「ルークスさん……」
「気づいたか」
川を挟んだ向こう岸に、数名の人影が見えた。
全身を灰のようなマントで覆い、表情は隠れている。
だが、その動きに無駄はなかった。
「……軍人の動き。軽装、背嚢あり、長距離行動向け。──偵察か」
ルークスは剣には手を伸ばさず、ゆっくりと立ち上がった。
「ミュリナ、少し下がれ。必要なら、すぐに動けるようにしておけ」
ミュリナは頷き、小石の裏手に身体を滑らせた。
やがて、そのうちの一人が静かに手を挙げ、名乗った。
「我々は、王都軍・特別観測局所属。目的は“封印遺構の監視”と、異常因子への対応だ」
「異常因子……ね。俺のことか?」
「肯定も否定もしない。ただ、“君に接触することが最重要任務の一部である”という指令は、既に発令されている」
「ずいぶんと丁寧な口ぶりだな。……俺を“確保対象”としては見ていないのか?」
「今は“観察段階”だ。──だが、君が“遺構の力を手にした存在”であることは、王都中枢にも報告済みだ」
ルークスはゆっくりと川に近づき、相手との距離を一定に保ちながら視線を交わす。
「なら、問おう。──君たちは、“俺を敵として扱うのか”、それとも“共に歩む者”として見ているのか?」
一拍の沈黙ののち、相手は答えた。
「我々内部にも意見の相違はある。“旧来の秩序”を守る者、“変化を恐れぬ者”。──私は、後者だ」
その言葉に、ルークスは静かに微笑んだ。
「……名を」
「カイ・エルノート。──王都軍、かつての“対魔王戦線”の生き残りだ」
ルークスの目がわずかに細められる。
「なるほどな。なら話が早い。──俺は、次の遺構へ向かう。“人であるまま、力を選ぶ”ために」
カイは頷いた。
「なら、ひとつだけ忠告しておこう。……その地には、“断章商会”の主戦部隊が向かっている。──彼らは既に、“一度遺構の扉を開いた者”だ」
「そうか」
ルークスはミュリナの方を振り返る。
「聞いたか?」
ミュリナはうなずき、強い目で言った。
「間に合えば、私たちが止める。“力の暴走”は、もう見たくないから」
カイはわずかに表情を緩めた。
「……選ぶ者に、幸運を。願わくば、次に会うとき、君がまだ“人の姿”でありますように」
そして、王都軍の偵察班は森の奥へと姿を消した。
ルークスは小さく息を吐く。
「……世界が、“動き出してる”な」
その言葉に、ミュリナは強くうなずいた。
「でも、私たちも“もう止まらない”。行こう、ルークスさん。次の扉の前へ」