第14話・第3節「ルークスの覚悟と、魔力の変質」
──“あなた”が反応したのね。
少女の言葉に、ルークスは静かに距離を詰めることなく、視線だけを鋭く送った。
「名を」
「答えの代わりに、質問してもいいかしら?」
少女の声は年齢に似合わぬ落ち着きを帯びていた。むしろ、“人間的な感情”が薄く感じられる。
「あなたは、いまも“人間”のままでいるつもり?」
ミュリナがわずかに反応した。ルークスの隣に立ち、手を握る。
「その質問の意味を、先に説明してもらおうか」
少女は微笑む。
その仕草に、“演技ではない確信”が滲んでいた。
「あなたの魔力はすでに“生成因子”を取り込んでいる。従来のように“外から吸収”するのではなく、自らの内部で魔力の構成式を再定義し、常時再生する体に変質している。──わたしたちは、それを“第二段階”と呼んでいる」
ルークスの目が細くなる。
「お前は、それを知っている立場にある……“誰だ”?」
「私は、“観測者”。旧世界の魔術遺構を管理していた“最後の管理端末”──その思念体の、継承者」
言葉の意味はあまりに重く、そして不穏だった。
「……お前も“転移者”か?」
「違う。私は、この世界に生まれたわ。“管理のために作られた存在”として。だが、“あなたのような者”を迎えるために、数百年の間、命を保ち続けてきた」
ミュリナが思わず声を上げる。
「それって……“予言”みたいなもの?」
「違うわ。“設計された未来”よ」
少女は微かに微笑み、続けた。
「あなたがこの世界に現れ、遺構と接触し、力を変質させる。──そのすべては、“計画された連鎖”」
「計画……誰の?」
「おそらくは、あなた自身。あるいは、“あなたの原型”がこの世界に残した意思」
ルークスの中で、過去の夢──研究施設、仮想空間、転送装置の映像がフラッシュバックする。
「……俺が、自分自身を“送り込んだ”可能性があると?」
「ええ。そして、あなたの魔力が変質し始めたということは──“目覚め”が近い証拠」
その言葉に、ルークスは静かに息を吸った。
「つまり、これから先、俺は“人の枠組み”を超える。……そういう話だな」
「そう。そして、それは“試練”でもある」
少女は、右手をかざし、空中に小さな魔術陣を描いた。
それは淡く輝き、触れれば消える“鍵”のようなものだった。
「次の遺構にあるのは、あなたの力の“第三段階”の発現条件。──だが、それは同時に“人としての終わり”かもしれない」
「……いいだろう」
ルークスははっきりと頷いた。
「選ぶよ。人のままか、それを超えるかは、俺が決める。だがそのためにも、“確かめなきゃならないもの”がある」
「ふたりで、だよね?」
ミュリナがすっと手を伸ばす。
その掌には、かすかに“癒しの波動”が宿っていた。だがその色は以前とは異なり、ルークスの魔力と近しい“紺碧の光”に変化していた。
「私の魔力も、変わり始めてる。“あなたと同じ源”に、少しだけ近づいている気がする」
ルークスはそれを見つめ、微笑した。
「……なら、やはりお前は俺の“鍵”だ」
少女は微かに目を細める。
「面白いわね。あなたたちは、“運命に抗う”というより、“受け止めて選ぼうとしている”。──なら、次の遺構で会いましょう」
そう言って、少女の姿は風に溶けるように消えていった。
──静寂が戻る。
風が森を抜け、草が揺れる音だけが響いていた。
ミュリナが口を開いた。
「ねえ、ルークスさん。“第三段階”って、どんな力なんだろうね」
「……分からない。だが、進む先に何があっても、“人としての在り方”を捨てたくはない。……俺が俺でいる限り、それは“選択”できるはずだから」
その言葉に、ミュリナは強く頷いた。
ふたりの間に、静かに灯る“共鳴の光”。
それはまだ弱々しく、確固たるものではない。
だが、確かに存在する。
──そしてその光が、いずれ“世界を裂く剣”になると、誰もがまだ知らなかった。