第14話・第2節「交渉か、対立か」
巻物に記された地図を確認しながら、ふたりは焚き火を囲んでいた。
空は雲ひとつなく、星々がはっきりと見える夜だったが、ルークスの表情は一層曇っていた。
「……これが本物なら、次の遺構は“王国が数十年前に封鎖した魔術院跡”に重なる」
ルークスは地図を指でなぞりながら呟く。
「魔術院って……いわゆる“魔法の研究機関”?」
ミュリナが尋ねると、ルークスは軽く頷いた。
「そうだ。王都がかつて魔術の体系化を進める中で、実験が制御不能になったとされる“空白施設”がいくつか存在する。……そのひとつが、この地図にある場所だ」
ミュリナは巻物に目を落とし、視線を細めた。
「けど、なんか……これ、変じゃない?」
「変?」
「うん。紙自体は“古く見える”けど、筆致は新しい。それに、書き足されたような箇所がいくつかある。──特にここ」
ミュリナが示したのは、地図の右下隅。
そこには“遺構保管区域:起動済”と書かれていた。
ルークスの瞳が鋭くなる。
「……“起動済”……? つまり、すでに“誰かが使った形跡”があるということか」
「うん。そして、あの仮面の人たちは“協力すれば教える”って言ってた。……つまり、知らないんじゃなくて、“使ってる”んだよ。それを“隠してる”」
その指摘に、ルークスはしばし沈黙し、低く息を吐いた。
「……断章商会。やつらはただの“中立的な商人組織”じゃない。“失われた力を独占しようとしている”勢力だ。……表向きには、王都とも繋がってるかもしれないが、裏では……」
「力を蓄えて、“秩序を壊す”準備をしてる?」
ルークスは頷いた。
「それも“この世界の構造そのもの”を。──魔術の理論、転移技術、あるいは……俺のような“異物”の存在に至るまで」
ふたりの沈黙が、火の粉とともに弾けた。
「……でも、どうしてそんなことを?」
ミュリナが小さく問いかける。
「一言で言えば、“力の再分配”だ」
ルークスは言った。
「現王政は長く続きすぎた。貴族制度、魔法貴族の権益、ギルドの管轄……すべてが停滞し、腐敗しかけている。断章商会は、それを“壊すための力”を得ようとしてる。……つまり、やつらは“革命屋”だ」
「……なら、王都よりも危ない相手になるね」
ミュリナの声には、冷静さとともに、明確な危機感が滲んでいた。
ルークスは巻物をくるりと巻き直し、鞄の底にしまい込んだ。
「この情報は使える。だが、信用できない。……次の遺構に向かう準備を整える。そして、やつらが“何を起動したのか”を、俺たち自身の目で確かめる」
そのとき──空気が震えた。
焚き火の炎がわずかに揺れ、どこからともなく風が吹いた。
「……来てる」
ルークスが立ち上がる。
「断章商会の“追跡者”か?」
「いや。これは……“別の魔力”だ。感じたことのない性質。だが、俺の魔力とどこか……似ている」
ミュリナが目を見開く。
「それって……」
「──“同族”かもしれない。あるいは、“かつての俺”と同じように“この世界に流れ着いた存在”だ」
風が止む。
だがその瞬間、木々の影の向こうから、ひとりの少女が姿を現した。
年齢は十四、五歳ほど。
黒衣を纏い、銀色の瞳を持ち、手には旧式の魔術端末──異世界由来と思われる装置を握っていた。
「……“あなた”が、反応したのね」
少女は、ルークスを見つめて、微笑んだ。