第1話・第4節「封印の地と試練」
森の奥に進むほど、空気は重たくなった。
木々はねじれ、葉は枯れ、まるでこの先に進むなという意思すら感じる。
だがルークスは止まらなかった。
ただ“生きる”ことに、これほどまでに集中できたのはいつ以来だったか。
死に場所を探していたかつての自分とは、もう違う。
「……何かがある」
感覚が警告を発していた。
そして、それはすぐに“確信”に変わる。
森がふっと開けた場所に、石造りの広場が現れた。
中心には、高さ二メートルほどの古びた石碑。
その周囲を囲むように、焼け焦げた木々、割れた剣、剥がれた甲冑の破片が散らばっている。
まるで、ここだけ時が止まっているかのような空間だった。
──《封印区域:第七試練の間》
脳裏に文字が浮かぶ。前触れもなく、ルークスは石碑に引き寄せられていた。
腰の剣──ルメルが、かすかに共鳴するように震えている。
「……まさか、お前が鍵か?」
ルークスはそっと剣を抜いた。
冷たい空気が一瞬で変わる。空気がうねり、魔力がざわつく。
石碑の中心部に、小さなくぼみがあった。
迷いなく剣をそこに差し込む。
──カチリ。
世界が反転した。
地が鳴動し、封印が破れ、黒煙が天へと立ち昇る。
大地からせり上がるように、漆黒の魔獣が姿を現した。
全身が鋭利な甲殻に覆われ、炎を宿した六つの目がこちらを睨みつけている。
重低音のような唸りとともに、空気が一気に張り詰めた。
──《封印魔獣:ランクA バズゼル》
魔力の塊が動き出した。
思考よりも早く、ルークスの体が構える。
「来い」
掛け声と共に、魔獣が地を蹴った。
甲殻をきしませ、燃え上がるような突進。まさに“質量の暴力”だった。
ルークスは、滑るように横へ転がり、回避。
剣を持ち直し、間合いを詰める。甲殻の隙間を狙って、一閃。
──キンッ!
鋭い音が広場に響く。手応えは硬い。
皮一枚しか斬れていない。だが、動きは止まった。
「なら……何度でもいく」
ルークスは跳ねるように間合いを取り、再び切り込む。
上段、下段、斜め、連撃。
バズゼルは怒りの咆哮を上げ、炎を纏って暴れ狂う。
大地が割れ、石碑が揺れる。
だがルークスは冷静だった。どれだけ力を振るわれても、“見える”限り負ける気がしなかった。
──斬撃五つ目。
魔獣の左脚の甲殻が裂け、血のような黒い液体が溢れる。
「……効いたな」
確信とともに、最後の跳躍。
ルークスは全身の魔力を剣に乗せ、バズゼルの首元へと一直線に飛び込む。
剣が唸りを上げる。
全てを断ち切る意思で、一直線に。
──ズガァン!
甲殻を貫き、肉を裂き、魔力核を穿つ。
バズゼルの絶叫が空に響き、その巨体が崩れ落ちる。
静寂。
広場に、再び風が戻ってきた。
石碑の光は失せ、魔力のざわめきは収まっていた。
ルークスは、深く息を吐いた。
手が震えている。恐怖ではない。
生き延びたという、圧倒的な実感だった。
「……まだ、始まったばかりだ」
石碑の残骸を背に、ルークスは広場を後にする。
風の中で、彼の名前を呼ぶ者はいない。
だが、確かに彼は“生きていた”。
──最強の放浪者、ルークス。
この日、真にこの世界の一員となった。